2007-01-01から1年間の記事一覧

彼女が彼女であるために

ピアノ教師の言いなりになるのが、いやだった。『4分間のピアニスト』(ドイツ、クリス・クラウス)の少女は、コンクールの途中で、原曲から外れた演奏を開始する。 メロディーが美しいか、完成しているかどうかは、問題ではない。彼女が彼女であるためには…

友だち

『ジャーマン+雨』(日本、横浜聡子)で、女子高生のまきが、よし子と親しいのは、不思議だ。 よし子の家で気に入らないことがあると、まきは、追い出される。 「帰れ!」 顔写真をすぐに撮影しろと言われ、家にしかカメラがないと、まきが答えたら、命令さ…

文字の可能性

松浦寿輝の小説に出てくる「魚」や「猫」といった生物の影が、白い床に映し出されて消える。『文学の触覚』(東京都写真美術館)では、作家の書いた文字の世界が、視覚化され、変形される。 文字が頭の中に創り出す世界は、文字を文字として刻印させるのでは…

殺人者

『ボーン・アルティメイタム』(米国、ポール・グリーン・グラス)の主人公、ジェイソン・ボーンを挙げるまでもない。人間は、生まれながらにして、殺人者なのである。殺人犯として逮捕されるかどうかは、殺人を直接的に行なうか、間接的に行なうかの違いによ…

反復

鉄工場でスコップを動かす。昼休みに弁当を食べる。車で民宿に戻る。夕食に御飯と味噌汁だけを口に入れる。風呂に浸かる。部屋に戻ってロシア文学の文庫本を読む。小林政正広『愛の予感』(日本)の男は、毎日それだけを繰り返す。 最初こそ退屈に感じた観客も…

コドモでいること

人間って不思議なことに、ある程度年齢を重ねてくると、ついつい難しいことをしたくなっちゃうんじゃないかな、と思うのです。 ……でも、僕は、そういう「オトナなこと」はそういうことの専門の人に任せておいて、コドモはコドモにしかできないことをやり続け…

子供の時間

時間を気にしない、管理に縛られない……。子供ならではのそんな特権が、失われている。 「最近の子供たちは手帳を持ち始めた」。千葉大学教育学部の明石要一教授(59)は研究調査で接する子供たちの変化に注目している。明石教授は「サラリーマンやOLのように…

台本

同じことの繰り返しばかりでは、退屈になる。芝居とて、同様だ。 上演回数が増えれば、芝居は自然にこなれてスムーズに流れていきますが、そのために劇の転換点を見失うこともあります。そんなときは、必ず台本にもう一度立ち返ることが必要でしょう。そこか…

舞台

辛酸 本谷さんは、なにかデトックスはされてますか? 本谷 ……私の場合、創作活動で出してるので。自分が思っているグロいことを、さも「作品の中の人がグロいんで」という感じで出すことにより、「これはあくまで作品なんですよ?」という、現実の私から一変…

ニュースの賞味期限

今年は偽装事件のニュースが多かった。 ザ・ニュースペーパーの『スーパーニュースペーパー2007!年末公演』(銀座博品館劇場)では、紅白うそ合戦なるコントが上演され、白組の司会を石野製菓の社長、赤組の司会を赤福の社長(劇団員が演じている)が務める…

故郷から遠く

私は、いつか自分の星に帰る日を夢見ている。そこでは誰もが「気がつかない」ばかりか、気がつかなければ気がつかないほど愛されるのだ。言葉はつねに額面通りだから、裏の意味をあれこれ詮索する必要もない。(岸本佐知子『ねにもつタイプ』筑摩書房) 赤ん…

感触

こどものころに『ああ無情』を読んで味わった暗く重苦しい色合いというのは、『レ・ミゼラブル』の根底をまったく同じ質量で流れている。内容は忘れていたが、その感触だけは覚えていた。(日本経済新聞9日朝刊・角田光代『半歩遅れの読書術』) 移り気な読…

リアルの向こうに

ポツドール『女の果て』(脚本・演出・溝口真希子、赤坂RED/THEATER)は、デリヘルの事務所が舞台だ。 美人の妻を持ちながら、所内のデリヘル嬢に片っ端から手を出す店長。店長を利用しつつも振り回される女たち。手近の異性と関係を結んでは困り果てる人間…

作家の経験

『小説新潮』12月号で浅田次郎と小池真理子が作家道について対談している。 浅田 ……人生経験をつまないといい小説を書けないというのは間違いだと思う。僕は作家になるまでにいろんな経験をしたけれど、得たものより失ったもののほうが多かった。むしろ生…

笑い

落し話が通じるのは、聞き手が落ちを理解して笑うことが前提となる。 こまつ座『円生と志ん生』(紀伊國屋サザンシアター)では、二人の落語家が小話をするが、修道女はなかなか笑わない。落語など知らないし聞いたこともない彼女たちには、話のどこが面白い…

選択

『サタデー・ナイト・フィーバー』の成功以降、ミュージカルスターであり続けることも、ジョン・トラヴォルタの選択肢には、あったろう。 あえてミュージカル映画の出演を拒み続けたことがよかったのかどうかは、彼自身にしかわからない。 ただ言えるのは、…

バランス

ドキュメンタリー作家の森達也は、大学時代、レコード会社に就職した先輩から1枚のデモテープを渡される。担当する新人バンド、サザンオールスターズの曲だった。 「勝手にシンドバッド」は大ヒットしたけれど、あまりのインパクトの強さにコミックバンド的…

憎まれ役

夫人ばかりに注目が集まるが、『レディ・チャタレー』(ベルギー・フランス・英国、パスカル・フェラン)では、チャタレー卿の哀感も目を引く。 戦争で半身不随となり、若い夫人の性的欲求に応えられず、車椅子で事故を起こしそうになってかんしゃくを起こす…

失うもの

『アフター・ウエディング』(デンマーク、スサンネ=ビア)の実業家は、家族の信頼を取り戻すが、病で命を落とす。救援活動家は、寄付金を得るものの、最愛の女性との復縁を果たせない。 なにかを得るためには、なにかを失うことになる。そして、失うものこ…

現役

年齢差を考えてのことか、『タロットカード殺人事件』(英国)のウディ・アレンは、スカーレット・ヨハンソンの恋人役ではなく、偽の父親役である。ヨハンソンを助けるために、結果として命を捨てるというのは、騎士道に基づく二枚目役とも言えようが、まだま…

内面

画文家・大田垣晴子が催眠療法に挑戦している(『わたしってどんなヒトですか?』メディアファクトリー)。 ベットに入り、ヘッドホンから胎内音と音楽、そしてセラピストの声をきく。 気持ちのいい野原を出て、扉を開け、暗闇の中からもう一人の自分に会い……

生命力

逮捕されながらも仕事は通常どおり続き、裁判もいつ終わるかわからない。 カフカの『審判』は、舞台化(松本修・演出、シアタートラム)されたことで、現実というもののけだるさ、滑稽さが鮮明に伝わってくる。 舞台はKが死刑にされる場面で終焉となるが、…

いのちを食べる

機械に入れられて暴れ出す牛に作業員が近づく。電気棒を当てると、ショックで牛の体が崩れ落ちる。機械が回転し、牛を宙吊りにして運んでいく。 ドキュメンタリー『いのちの食べかた』(ドイツ・オーストリア、ニコラウス=ゲイハルター)では、家畜や野菜が…

二足のわらじ

イラストレーターのわたせせいぞうは、40歳まで損害保険会社の営業マンだった。 月曜から金曜までめいっぱい働き、土日に集中して絵を描きました。仕事の合間に漫画のアイデアを考えたこともあるけれど、そのアイデアはよくない。逆に絵を描きながら営業の数…

死者

ちょっと体調を崩し、しばらく持ち応えたかと思いきや、あっさりと死ぬ。死は簡単で、そして、はかない。 松田正隆・作、高瀬久男・演出の『海と日傘』(東池袋・あうるすぽっと)は、自宅で突然倒れた妻が療養のあと、夫にとって、いつのまにか、空想の世界…

想像力

2001年9月11日。ワールドトレードセンターの倒壊を知ったのは、わたしたちが現場にいたからではなく、映像や記事による間接情報からにすぎない。 燐光群の劇『ワールド・トレード・センター』(下北沢ザ・スズナリ)では、その日の光景を視覚的に提示するのではな…

『グッド・シェパード』(米国、ロバート=デ=ニーロ)のCIA諜報員は、家で子どもをかわいがる一方で、局内では残酷な拷問も冷静に見届ける。 家庭と職場で見せる顔が違うのは、CIA局員に限らない。人は場所によって変貌するものだ。 ときには顔の境界線があ…

終末

デパートの通路らしき場所に、大量の洋服やバック、靴が散らばっている。なにかが始まる時間というよりも、なにかが終わった時間のようだ。 やなぎみわのアート写真『Midnight Awakening Dream』シリーズの一枚(『Erevator Girls 』青幻舎に収録)である。 …

死を語る

五反田団の演劇『生きてるものはいないのか』(こまばアゴラ劇場)では、大学付近で人間たちが突如けいれんを起こして死んでいく。なぜ死ぬのかはわからない。 現実に大量の死が発生すれば、死因の明快な説明を要求されるものだが、それは残された者が確認し…

それは正しいのか?

ふつうの棋士は、それまで言われているとおりの打ち方だけしかしないのだが、とびきり強い棋士は必ず価値観を変える打ち方をする。勝つために必要な道順の選び方や、形勢判断の仕方を身につけてみんなプロになるのだが、ふつうの棋士は「それが正しい」と思…

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