贋作の哀しみ

種田山頭火の直筆日記に贋作が混ぜられたことが発覚。出版社が全集の該当箇所を削除した。『週刊金曜日』5日号掲載の記事(粟野仁雄氏)で、研究者の証明や俳句仲間の改ざんが報告されている。 捏造者は、山頭火を利用し、自身の評価を高めようとしただけな…

描く喜び

専門的な教育を受けたわけでもない。若き日から才能を発揮したわけでもない。50代になり、独学で油絵を初め、家族の死や自身の認知症をものともせず、描き続けた画家の厖大な作品が、『塔本シスコ展 シスコ・パラダイス』(世田谷美術館)で披露された。 技…

作家の信頼

自伝的小説が曲解され、批評文が全国紙に掲載されたことで、地方在住の家族が被害を受けかねない事態に陥る。作家は、SNSや媒体の新聞社を通じて、批評家と対話するが、論点はかみ合わない。文壇や読者には理解者もいるが、一方で文学界の閉鎖性や読解の基本…

思考停止の前に

毒性が弱い半面、蔓延時期の長期化するコロナへの対策に、自粛要請や緊急事態宣言が必要なのか。欧米よりも免疫力のある日本の風土で、治験実績の乏しいワクチンを普及すべきなのか。 インフルエンザなどとの比較検証から、昨今の方策に一貫して疑義を唱えた…

彼女たちの小宇宙

定番ラブコメの三角関係ではない。いわゆる同性愛物とも違う。親や教師の抑圧もあるが、彼女たちの世界を決定的に圧殺するほどではない。『ひらいて』(日本、首藤凜)は、は高校を舞台に、美少女だが、つかみどころのないヒロインと、病弱な親友、陰のある…

騎士の物語

『最後の決闘裁判』(米国、リドリー・スコット)が騎士同士の確執を描くだけなら、中世の標準的な物語に終わったろう。後半、騎士の妻が夫の友人に強姦されたと告白することで、たちまち現代性を帯びた展開となる。 裁判を占うのは、証拠調べではなく、原告…

任務の幻

兵士ではなく、スパイ。任務のために農民でさえ、殺し、食料を奪い、戦後になっても、潜伏し、生き残った上官の指示なくしては、帰還しなかった男。『ONODA 一万夜を越えて』(フランス・ドイツ・ベルギー・イタリア・日本、アルチュール・アラリ)は、功罪…

走るだけの彼に

自分では、どうしようもない弱さもある。『草の響き』(日本、斎藤久志)の主人公は、妻を連れて、東京から函館に戻る。病院に通い、心の治療をするが、いっこうに治癒しない。日課は、ひたすら走ることだ。友人に見守られ、ときには、泣く。父に、だらしな…

腐敗の対抗馬

ライブハウスの火災事故で病院に担ぎ込まれた若者たちが次々に亡くなったのは、火傷によるものではなく、病院の設備や消毒薬の不備が原因だった。『コレクティブ 国家の嘘』(ルーマニア・ルクセンブルク・ドイツ、アレクサンダー・ナナウ)は、ルーマニアの…

彼らの救い

万引きして逃走した少女が、スーパーの店長が追いかけられたため、車に轢かれて死んでしまう。『空白』(日本、吉田恵輔)の登場人物は、遺された父親を含め、それぞれ事情をかかえている。被害者も加害者も親族も、相手の内面が見えないことで、おびえたり…

伝説のライブ

交通が不便、会場の居心地も決して快適とは思えない野外に、二日間で25人を動員させたライブ。『オアシス ネブワース1996』(英国、ジェイク・スコット)は、25年経ってもなお、強烈な記憶を人々の心に刻み込んだ伝説の熱気を、当時人気絶頂だったバントの演…

疫病神

開拓使時代の女性ガンマンだが、男性的な武力を優先させるわけでもなければ、しとやか女性像に従うわけではない。ヒロインが疫病神と言う呼称を肯定的に引き受ける『カラミティ』(フランス・デンマーク、レミ・シャイエ)は、従来のカラミティ・ジェーン像…

戦争は続いている

昨日まで同じ町で暮らしていた人間たちが敵対し、生かされ者と、殺される者とに区別される。国連軍とて、住民を守ってくれない。教師だった通訳が、自分の家族だけを守るために、なりふり構わぬ行動に走るのも、致し方ないことだろう。『アイダよ、何処へ?…

真実の追究

ドキュメンタリーディレクターが女子高生いじめの真相を追う。冤罪と思われた教師の実像。視聴率狙いのテレビ局の歪曲。真実を至上とするディレクターの身内にも、許すべからざる事態が明らかになる。『由宇子の天秤』(日本、春本雄二郎)は、単純化できな…

永遠の難民

タリバンに死刑を宣告された監督が、アフガニスタンを出国。家族を連れ、各国をさまよいながら、ヨーロッパまで脱出する。『ミッドナイト・トラベラー』(アメリカ・カタール・カナダ・イギリス、ハッサン・ファジリ)は、道中をスマホで撮影したものだ。 砂…

鯨と生きる

鯨が信仰そのものになっているインドネシア・ラマレラ村。捕鯨での収穫がなければ、村人は食えないし、漁で命を落とすこともあるが、鯨と共に生きていくしか道はない。『くじらびと』(日本、石川梵)には、30年間、村民と交流を続けた撮影者ならではの、貴…

実験の効果

さえない高校教師たちが、勤務中に適度の飲酒をする実験が効果を奏して、授業が活気を帯び、生徒の評判も良くなるが、漁を増やすうちに、奇行が目立つようになり……。『アナザーラウンド』(デンマーク、トマス・ビンターベア)は、一種の教訓物語と言えるが…

正気であり続けること

文月悠光の詩『パラレルワールドのようなもの』(『現代詩手帖』9月号)では、一年前の「私」が現在の私の手を引き、新国立競技場を目指して走り出す。無観客の喝采を浴びながら、公衆トイレに駆け入り、消毒ペダルを踏む。

批評の生命

批評に文体をあたえるのは、知識でもなければ、観察や分析でもない。見ている姿勢から、たとえば言うという行為を開始するとき、私たちはある断絶をとびこえねばならない。見る位置から、人間の存在の間の断絶をとびこえようとするとき、批評もまた文体を生…

濱口竜介の方法

夫婦の葛藤、被災地と都会、ワークショップと現実、テキストと劇映画、地方と多国。『ドライブ・マイ・カー』(日本)は、濱口竜介の方法論が集約され、しかも、どう転ぶかわからないという緊迫感が、最後まで途切れることはない。観る者を触発し、見るだけ…

50年ぶりの音楽祭

1969年の夏に開催された黒人の音楽祭「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」。大勢の観衆が訪れながら、ウッドストックの陰に隠れて、その模様は封印されていた。50年前の映像は、グラミー賞受賞者のアミール・クエストラブ・トンプソンの手で編集され…

失ってもなお

身一つで金稼ぎのためにアラスカ行きを目指す女が、途中のオレゴンで、金も車も失い、唯一の友である愛犬さえ、手放すことになる。『ウェンディ&ルーシー』(米国、ケリー・ライカート)のヒロインは、ひたすら不器用だが、譲ることなき意思があり、優しさ…

パンケーキを味わう

『パンケーキを毒見する』(日本、内山雄人)は、関係者の証言によって、総理大臣の実像に迫る。政策の地盤沈下を一政治家の問題だけに終わらせず、少数の利権者のための政治がもたらした病根の実態まで、視野を広げている。 そんな政治家の答弁にうんざりし…

幸福な仮想社会

ネット社会は、批判されがちだが、時空を超えた関係を描き続ける細田守は、一貫して擁護する。『竜とそばかすの姫』(日本)では、内向きな女子高生が、ネットの世界に活動の場を広げることで、歌姫としての自分を見出し、まったく面識のなかった遠い地の少…

高校野球の多様性

8月の甲子園で開催された女子高校野球の決勝戦は、男子のような悲壮感がなく、爽快さに満ちていた。人口が減り、野球人口も影響を受けている。それでも甲子園出場者の多様性が定着すれば、楽しみの幅は増すだろう。

死体をめぐって

『ハリーの災難』(米国、アルフレッド・ヒッチコック)のモチーフは、冒頭から死体になっている。彼の処置をめぐって、町の住人は、喜劇的なやり取りに終始する。埋めては堀り返し、また埋める。挙句は風呂場で洗われる死体。自分のせいで死んだのか? 住民…

野球は人生

部活で挫折した女子高生と、元プロ野球選手のアドバイザー。二人が働くバッティングセンターを訪れる女性客は、いわくつきの者ばかり。何かをかかえる女たちが、妄想の試合で登場する名選手の一言で救われるという『八月は夜のバッティングセンターで。』(…

おごりを許すもの

安倍政権であれ、現政権であれ、盤石どころか、突っ込みどころは多いが、それでもとらえられないのは、報道機関の弱体化に追うところが多い。望月衣塑子・五百旗頭幸男の共著『自壊するメディア』(講談社+α新書)は、ジャーナリストとしての意識を堅持する…

考証する人

どうしてこうも俺たちと評価が違うんだろうと。乱暴に言うと、「スパイの妻」で違っちゃうのは、時代劇に電信柱が映っていても気にならない人と、それは違うだろうという人との、その差だと思うんだよね。気にならない人が多くなったんじゃないの(荒井晴彦…

人生の花

坂本長利の一人芝居の原作でも知られる『土佐源氏』は、宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)に収録されている。馬喰だった盲目の老人が語るのは、外れ者だった生い立ち故の数奇な生涯だが、魅力は極道者を自認する彼というよりも、かかわりのあった女…

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