生物の宿命

映像で語る神話来てな叙事詩。『デューン 砂の惑星 PART2』(米国、ドゥニ・ビルヌーブ)は、序章を終えた段階だからこそ、その目的を果たしたと言えるだろう。敵対する者はもともと同じ一族であり、砂虫を操れても、人間を完全に制御することはできない。一…

土地の愛着

人口、影響度からすれば、小さな町の復帰にこだわったり、復興に公的資金を投入することに、批判する者もいるかもしれない。生まれ育った土地に、住民が固執するのはなぜか。その地が誕生するまでの経緯、あるいは、そこで暮らしてきた人を助け、支えたもの…

編集される写真家

編集者だった中平卓馬の写真は、文章や雑誌などと組み合わせることによって成り立つと言える。彼自身もまた、映像や他の写真家とコラージュされることで、存在が確認できるのだ。

犬男

少年時代、犬小屋に放り込まれ、下半身の機能を失い、犬の群れと同居しながら、女装の歌手として生きる男の数奇な運命。『DOGMAN』(フランス)の主人公は、逆境にめげないタフな男。リュック・ベッソンらしい異様なキャラクターをケイレブ・ランドリー・ジ…

境遇

ハンセン病を患い、少女時代から80年、瀬戸内海・長嶋の療養所で暮らす。手の指や足を失い、両親とも死に別れた。それでも『かづゑ的』(日本、熊谷博子)の被写体は、様々な葛藤を経て、境遇を受け入れ、今を楽しみ、これから先に向けても、あれこれ挑む。…

ニュータウンの時間

世代の違う3人の女たちが、多摩ニュータウンを朝から夜まで散策し、住人と触れ合う。引っ越しした旧友、徘徊する老人、亡くなった幼なじみ。日差しの下、団地の広場や坂を上り下りし、博物館を訪ねたり、住人の古いビデオを見つめる。 『すべての夜を思い出…

事件後の家庭

夫の転落死の真相はいかに。『落下の解剖学』(フランス、ジュスティーヌ・トリエ)は、事件を究明する法定サスペンスであり、一見仲睦まじく見える家族の深遠であり、盲目の息子がとらえた非情な現実でもある。 妻と息子の関係は、裁判の決着だけで修復でき…

ウクライナドラマの緊迫感

精神カウンセラーがボランティアの運転手として、いわくつきの人々を国境まで送り届ける。依頼人は、それぞれ複雑な事情がある。それだけでもドラマの要素として十分だが、運転手自身が離婚予定という事情に加え、救援基金で夫が汚職をしていたことを知るば…

脱力の普及

僕は84年に「逃走論」、85年に「ヘルメスの音楽」という本を出しますが、もともと怠惰でまったく生産的ではないし、別に何も成し遂げなくても、のんびり暮らして気楽に死ねばいいじゃないか、という人間(ニーチェなら「最後の人間」や「本人」と呼んだよう…

争いを超えて

中上健次論においても、解釈の妥当性をめぐって正当・異端を争うのではなく、他の中上論を排除しない展開のしかたが望ましい。キリスト教的な護教主義による多元テクストの抑圧を避け、仏教的な、言説の自在な発展を規範としなければならない。(四方田犬彦…

自分の時間

『フジヤマコットントン』(日本、青柳拓)の被写体は、家族でもなければ、職員でもない。富士山の見える福祉施設に通う障害者たちだ。 絵を描く。花を世話する。綿をつんで布を織る。寝たいときはひたすら寝る。深刻さに目を向けがちな既存のドキュメンタリ…

猟師の思索

猟師と獣の関係は、大衆や取材者と芸能人の関係にも似ていた。狩猟者は、獲物をかわいそうと思いながらも、肉を切り裂き、美味しいと感嘆して、むさぼり食う。いつか自分も、食われ、朽ち果てることを予期しながら、それでも生きる。 『WILL』(日本、エリザ…

映画の力

ひさしぶりの最新作『瞳をとじて』(スペイン)に至るまで、31年間、映画を撮らなかったビクトル・エリセは、決して映画の力に失望したからではない。主人公を通じて、失踪した俳優を探し求めることで、新たな結びつきを可能にした。相手は、知人だったり、…

リメイクの普遍性

スピルバーグのオリジナル映画があり、ブロードウェイのミュージカルを経て、両者を融合させたリメイク版『カラー・パープル』(米国、ブリッツ・バザウーレ)は、より洗練され、普遍的な物語になっている。 20世紀初頭の黒人社会で虐げられた女たち。自分が…

国益のために

国家ぐるみで邪魔者を抹殺しようと思えば、手段はいくらでもある。殺害者の立場からすれば、活動は国益にかなうもので、やましさは、いっさい感じないのだろう。ここで問うべきなのは、何が国益かということだ。 ダニエル=ロアーのドキュメンタリー『ナワリ…

救急の場を残すために

救命救急センターの実態は、決してドラマチックな場ではなく、専門医ほどの地位が約束されているわけでもない。東海テレビが『その鼓動に耳をあてよ』(日本、足立拓朗)で記録した病院には、様々な症状や異なる事情(クレイマーや自殺未遂者、治療費を踏み…

小さな世界で

男女4人。それぞれの好きな相手は、互いに違い、共に過ごしても、本心は遠くに向いている。『違う惑星の変な恋人』(日本、木村聡志)は、ち密な会話喜劇を役者が自然に演じる。小さな世界にアクセントを与えているのは、彼女たちが観戦するサッカーの世界戦…

埋もれた真実

日本企業の駐在員が現地女性との間にできた子どもたちを殺害していた。ミステリー小説まがいの一報を知ったが、勤め先の新聞社では取り上げてもらえず、独力で現地調査を開始する。ノンフィクション『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』(三浦英…

アートの場

窮屈で閉鎖的な屋内だけが、アートの場ではない。『キース・へリング展 アートをストリートへ』(森アーツセンターギャラリー)には、地下鉄アートの写真もある。

人造人間の可能性

既成の価値観、因習に縛られずにすむのは、人工的に作られた人間だろう。『哀れなるものたち』(英国、ヨルゴス・ランティモス)のベラは、赤ん坊の脳を埋め込まれた人間故に、これまでの女性とは異なるタイプの人間として生まれ変わった。経験し、学ぶこと…

少女の心情

孤独な少女が農村の親戚夫婦の家でひと夏を過ごす。『コット、はじまりの夏』(アイルランド、コルム・バレード)は、それだけの物語だが、夫婦には、よその子どもに優しく接する理由があり、少女にも家にも学校にもいたくない事情がある。 ほとんど口を利か…

言葉が届くために

愛情がいつのまにか暴力に転じている。暴力的な振る舞いを愛情だと感じてしまう。暴力性と享楽を同時に感じている。ファンをはじめとする受け手は、そのような危うい感触とともに芸能に触れている。(矢野利裕『ジャニーズの感触-むしろ芸能スキャンダルと…

裁きの論議から漏れたもの

一人の人間が特定の場に出向いて起こす無差別の殺人は、秋葉原以外でも、周期的に発生している。この種の事件を道徳論や精神論で裁いたところで、何ももたらされない。中島岳志『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』朝日新聞出版では、友人もおり、仕事の適応力も決…

芸能と社会

芸能と社会的公正を地続きで考えよう。ジャニーズ問題とパレスチナ危機を同じ口で語ろう。政治の話をしたばかりのその声で、あまやかなラブソングを歌おう。(松尾潔『おれの歌を止めるな』講談社) 本来つながっているものが、別物として区分けされ、特殊化…

ネオンの輝き

香港の夜景を着飾ったネオンは、建築法の改正で大半が消えた。『燈火(ネオン)は消えず』(香港、アナスタシア・ツァン) は、こうした時代にネオンサインの職人として生きた夫の死後、彼のやり残した仕事を完成しようと、妻や愛弟子が奔走する。 失われた…

個人の力以外に

小さな人間の恨みつらみとして、糾弾され、実刑手段のみで片づけられそうな「京アニ事件」の加害者は、ロスジェネの被害者でもあった。雨宮処凛は「犯行を踏みとどまらせるものが何一つない社会とは」(『週刊金曜日』1月12日号)で、彼の経歴や社会背景を伝…

自分流

毎日大量のネタを考えては投稿し、お笑い劇場や芸人にもセンスを認められながら、人間関係が不得手なために、ことごとく挫折する。ハガキ職人の自伝的小説を実写化した『笑いのカイブツ』(日本、滝本憲吾)は、天才的なオタクの物語と言えようが、彼が実社…

韓国のエンタメ

韓国の軍人が拾ったくじは、巨額の賞金が当たっていた。ところが、紙が飛ばされ、境界線を越えて、北朝鮮の兵士に渡ってしまう。取り分を巡って、両軍兵士が争うが、換金のために一致団結。両軍に連帯感が芽生えていく。 『宝くじの不時着 1等当選くじが飛ん…

YouTuberのホラー

手の置物を握り、呪文を唱えると、霊が憑依する。のめり込むあまり、制限時間を超えると、見たくないものが見え、命に支障をきたす。 YouTuberのフィリッポウ兄弟による『TALK TO ME』 (豪)は、脚本の良し悪しはともかく、母を亡くした女子高生のトラウマ…

みずみずしい日々

役所広司の演じる清掃員が巡回するトイレは、デザイン的におしゃれであり、汚物自体 を映すわけではない。疎遠だった親類との再会も、行きつけのバーの女将の男とも、激突はしない。道を外しそうな同僚も、職場から去ってしまう。 『PERFECT DAYS』(日本、…

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