2021-01-01から1年間の記事一覧

一人では見えない

山間部の町で死んだ女性をめぐる人々の思わぬつながり。町だけの話かと思いきや、アフリカのネット詐欺まで絡んでいたことが発覚する。『悪なき殺人』(フランス・ドイツ、ドミニク・モル)は、もはや一人では俯瞰しようがない人間社会を浮き彫りにする。

水俣は今

検査法も被害者補償も、未整備の部分が多く、水俣病対策は決して、終わったわけではない。時間の経過につれ、患者も遺族もなくなり、裁判でも和解し、葬り去ろうとされた公害の風化が、『水俣曼荼羅』(日本、原一男)に映されている。利害関係者の責任追及…

世界を救う多様性

『COME & GO カム・アンド・ゴー』(日本・マレーシア、リム・カーワイ)は、大阪の繁華街で生きる日本人とアジア人の群像劇。難民・留学生・観光客・技能実習生、など、通常のドラマだと主役になりにくい人物のうごめくさまが、他国の映像を見るかのような…

行政の価値

公務員に対しては、予算を削り、職員を減らすと言った政策が、あたかも有益であるかのように宣伝されがちだ。行政の仕事や価値は、市民なり、政治家なりにどこまで理解されているのか。『ボストン市庁舎』(米国、フレデリック・ワイズマン)では、民主的な…

カンボジア人のドーナツ

内戦を逃れて、カンボジアから米国に渡り、ドーナツ店を次々に開いて億万長者にのしあがった男。ギャンブルに走って、破産するが、彼の切り開いた道をカンボジア人が引き継いだ。今では、米国に多数の個人店がある。『ドーナツキング』(米国、アリス・グー…

若き日の動画

『庵野秀明展』(新国立美術館)では、幼少期から好んだ漫画やアニメなどが披露され、映像の鬼才の軌跡が一望できる。『新世紀エヴァンゲリオン』的なテーマ性やストーリー性は、後年、付与されたもの。本来の資質は、アニメーターにあり、若き日に作った動…

謎の意図

昔の南部の奴隷の話かと思いきや、なぜかスマホを使う軍人がいて、空を飛行機が飛んでいる。『アンテベラム』(米国、ジェラルド・ブッシュ、クリストファー・レンツ)は実に奇妙な映画だ。設定の謎は、見ているうちに判明する。奴隷にされた黒人が、本当は…

司法の独立

確証がないにもかかわらず、同時多発テロ関与の汚名を着せられ、グアンタナモ収容所に収監された青年。連日拷問を受け、裁判すら受けられないまま、ひどい待遇で長期間拘留される。裁判所から釈放命令が出ても、米政府はなおも、拘留を続け、解放まで14年か…

優しい目

子どもは、生活環境を選べないが、動ける範囲の中で、楽しむ術を持っている。『スウィート・シング』(米国、アレクサンダー・ロックウェル)の姉弟は、父がアル中で入院し、頼った母も、暴力的な男と暮らしていて、結局、家を出て、放浪することに。いたず…

贋作の哀しみ

種田山頭火の直筆日記に贋作が混ぜられたことが発覚。出版社が全集の該当箇所を削除した。『週刊金曜日』5日号掲載の記事(粟野仁雄氏)で、研究者の証明や俳句仲間の改ざんが報告されている。 捏造者は、山頭火を利用し、自身の評価を高めようとしただけな…

描く喜び

専門的な教育を受けたわけでもない。若き日から才能を発揮したわけでもない。50代になり、独学で油絵を初め、家族の死や自身の認知症をものともせず、描き続けた画家の厖大な作品が、『塔本シスコ展 シスコ・パラダイス』(世田谷美術館)で披露された。 技…

作家の信頼

自伝的小説が曲解され、批評文が全国紙に掲載されたことで、地方在住の家族が被害を受けかねない事態に陥る。作家は、SNSや媒体の新聞社を通じて、批評家と対話するが、論点はかみ合わない。文壇や読者には理解者もいるが、一方で文学界の閉鎖性や読解の基本…

思考停止の前に

毒性が弱い半面、蔓延時期の長期化するコロナへの対策に、自粛要請や緊急事態宣言が必要なのか。欧米よりも免疫力のある日本の風土で、治験実績の乏しいワクチンを普及すべきなのか。 インフルエンザなどとの比較検証から、昨今の方策に一貫して疑義を唱えた…

彼女たちの小宇宙

定番ラブコメの三角関係ではない。いわゆる同性愛物とも違う。親や教師の抑圧もあるが、彼女たちの世界を決定的に圧殺するほどではない。『ひらいて』(日本、首藤凜)は、は高校を舞台に、美少女だが、つかみどころのないヒロインと、病弱な親友、陰のある…

騎士の物語

『最後の決闘裁判』(米国、リドリー・スコット)が騎士同士の確執を描くだけなら、中世の標準的な物語に終わったろう。後半、騎士の妻が夫の友人に強姦されたと告白することで、たちまち現代性を帯びた展開となる。 裁判を占うのは、証拠調べではなく、原告…

任務の幻

兵士ではなく、スパイ。任務のために農民でさえ、殺し、食料を奪い、戦後になっても、潜伏し、生き残った上官の指示なくしては、帰還しなかった男。『ONODA 一万夜を越えて』(フランス・ドイツ・ベルギー・イタリア・日本、アルチュール・アラリ)は、功罪…

走るだけの彼に

自分では、どうしようもない弱さもある。『草の響き』(日本、斎藤久志)の主人公は、妻を連れて、東京から函館に戻る。病院に通い、心の治療をするが、いっこうに治癒しない。日課は、ひたすら走ることだ。友人に見守られ、ときには、泣く。父に、だらしな…

腐敗の対抗馬

ライブハウスの火災事故で病院に担ぎ込まれた若者たちが次々に亡くなったのは、火傷によるものではなく、病院の設備や消毒薬の不備が原因だった。『コレクティブ 国家の嘘』(ルーマニア・ルクセンブルク・ドイツ、アレクサンダー・ナナウ)は、ルーマニアの…

彼らの救い

万引きして逃走した少女が、スーパーの店長が追いかけられたため、車に轢かれて死んでしまう。『空白』(日本、吉田恵輔)の登場人物は、遺された父親を含め、それぞれ事情をかかえている。被害者も加害者も親族も、相手の内面が見えないことで、おびえたり…

伝説のライブ

交通が不便、会場の居心地も決して快適とは思えない野外に、二日間で25人を動員させたライブ。『オアシス ネブワース1996』(英国、ジェイク・スコット)は、25年経ってもなお、強烈な記憶を人々の心に刻み込んだ伝説の熱気を、当時人気絶頂だったバントの演…

疫病神

開拓使時代の女性ガンマンだが、男性的な武力を優先させるわけでもなければ、しとやか女性像に従うわけではない。ヒロインが疫病神と言う呼称を肯定的に引き受ける『カラミティ』(フランス・デンマーク、レミ・シャイエ)は、従来のカラミティ・ジェーン像…

戦争は続いている

昨日まで同じ町で暮らしていた人間たちが敵対し、生かされ者と、殺される者とに区別される。国連軍とて、住民を守ってくれない。教師だった通訳が、自分の家族だけを守るために、なりふり構わぬ行動に走るのも、致し方ないことだろう。『アイダよ、何処へ?…

真実の追究

ドキュメンタリーディレクターが女子高生いじめの真相を追う。冤罪と思われた教師の実像。視聴率狙いのテレビ局の歪曲。真実を至上とするディレクターの身内にも、許すべからざる事態が明らかになる。『由宇子の天秤』(日本、春本雄二郎)は、単純化できな…

永遠の難民

タリバンに死刑を宣告された監督が、アフガニスタンを出国。家族を連れ、各国をさまよいながら、ヨーロッパまで脱出する。『ミッドナイト・トラベラー』(アメリカ・カタール・カナダ・イギリス、ハッサン・ファジリ)は、道中をスマホで撮影したものだ。 砂…

鯨と生きる

鯨が信仰そのものになっているインドネシア・ラマレラ村。捕鯨での収穫がなければ、村人は食えないし、漁で命を落とすこともあるが、鯨と共に生きていくしか道はない。『くじらびと』(日本、石川梵)には、30年間、村民と交流を続けた撮影者ならではの、貴…

実験の効果

さえない高校教師たちが、勤務中に適度の飲酒をする実験が効果を奏して、授業が活気を帯び、生徒の評判も良くなるが、漁を増やすうちに、奇行が目立つようになり……。『アナザーラウンド』(デンマーク、トマス・ビンターベア)は、一種の教訓物語と言えるが…

正気であり続けること

文月悠光の詩『パラレルワールドのようなもの』(『現代詩手帖』9月号)では、一年前の「私」が現在の私の手を引き、新国立競技場を目指して走り出す。無観客の喝采を浴びながら、公衆トイレに駆け入り、消毒ペダルを踏む。

批評の生命

批評に文体をあたえるのは、知識でもなければ、観察や分析でもない。見ている姿勢から、たとえば言うという行為を開始するとき、私たちはある断絶をとびこえねばならない。見る位置から、人間の存在の間の断絶をとびこえようとするとき、批評もまた文体を生…

濱口竜介の方法

夫婦の葛藤、被災地と都会、ワークショップと現実、テキストと劇映画、地方と多国。『ドライブ・マイ・カー』(日本)は、濱口竜介の方法論が集約され、しかも、どう転ぶかわからないという緊迫感が、最後まで途切れることはない。観る者を触発し、見るだけ…

50年ぶりの音楽祭

1969年の夏に開催された黒人の音楽祭「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」。大勢の観衆が訪れながら、ウッドストックの陰に隠れて、その模様は封印されていた。50年前の映像は、グラミー賞受賞者のアミール・クエストラブ・トンプソンの手で編集され…

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