2021-01-01から1年間の記事一覧

失ってもなお

身一つで金稼ぎのためにアラスカ行きを目指す女が、途中のオレゴンで、金も車も失い、唯一の友である愛犬さえ、手放すことになる。『ウェンディ&ルーシー』(米国、ケリー・ライカート)のヒロインは、ひたすら不器用だが、譲ることなき意思があり、優しさ…

パンケーキを味わう

『パンケーキを毒見する』(日本、内山雄人)は、関係者の証言によって、総理大臣の実像に迫る。政策の地盤沈下を一政治家の問題だけに終わらせず、少数の利権者のための政治がもたらした病根の実態まで、視野を広げている。 そんな政治家の答弁にうんざりし…

幸福な仮想社会

ネット社会は、批判されがちだが、時空を超えた関係を描き続ける細田守は、一貫して擁護する。『竜とそばかすの姫』(日本)では、内向きな女子高生が、ネットの世界に活動の場を広げることで、歌姫としての自分を見出し、まったく面識のなかった遠い地の少…

高校野球の多様性

8月の甲子園で開催された女子高校野球の決勝戦は、男子のような悲壮感がなく、爽快さに満ちていた。人口が減り、野球人口も影響を受けている。それでも甲子園出場者の多様性が定着すれば、楽しみの幅は増すだろう。

死体をめぐって

『ハリーの災難』(米国、アルフレッド・ヒッチコック)のモチーフは、冒頭から死体になっている。彼の処置をめぐって、町の住人は、喜劇的なやり取りに終始する。埋めては堀り返し、また埋める。挙句は風呂場で洗われる死体。自分のせいで死んだのか? 住民…

野球は人生

部活で挫折した女子高生と、元プロ野球選手のアドバイザー。二人が働くバッティングセンターを訪れる女性客は、いわくつきの者ばかり。何かをかかえる女たちが、妄想の試合で登場する名選手の一言で救われるという『八月は夜のバッティングセンターで。』(…

おごりを許すもの

安倍政権であれ、現政権であれ、盤石どころか、突っ込みどころは多いが、それでもとらえられないのは、報道機関の弱体化に追うところが多い。望月衣塑子・五百旗頭幸男の共著『自壊するメディア』(講談社+α新書)は、ジャーナリストとしての意識を堅持する…

考証する人

どうしてこうも俺たちと評価が違うんだろうと。乱暴に言うと、「スパイの妻」で違っちゃうのは、時代劇に電信柱が映っていても気にならない人と、それは違うだろうという人との、その差だと思うんだよね。気にならない人が多くなったんじゃないの(荒井晴彦…

人生の花

坂本長利の一人芝居の原作でも知られる『土佐源氏』は、宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)に収録されている。馬喰だった盲目の老人が語るのは、外れ者だった生い立ち故の数奇な生涯だが、魅力は極道者を自認する彼というよりも、かかわりのあった女…

戦争はまだ・・・

終戦ドラマ『しかたなかったと言うてはいかんのです』(NHK)は、捕虜に対する人体実験という実話は元に、死刑囚や家族たちの葛藤を綴る。大学教授の指示によって、手術の立ち合いを強要された鳥居は、首謀者でもなければ、意思決定者でもない。求刑後の嘆願…

なぜ彼女は?

変わり者にしか見えなかった女の秘めた意外な計画。『プログラミング・ヤング・ウーマン』(米国、エメラルド・フェネル)のキャシーが執念をかけて晴らすのは、友人の仇であり、虐げられた女の怨念である。恨みは、男社会の共犯者とも言える同性にさえ向け…

彼女たちの結束

『17歳の瞳に映る世界』(米国、エリザ・ヒットマン)は、望まぬ妊娠をした女子高生が、親の同意なしに中絶が可能な他州へバスで向かう。付き添うのは唯一の友とも言える従兄弟。シンプルな設定に、女性問題、法規制など、様々な問題が取り上げられる一方、…

本来の政治家

「日本のデモクラシーも安倍政権以後「ジャクソニアン」化しつつあるというのが私の診たてである。日本の有権者たちはある時期から統治者に高い能力や見識や倫理的インテグリティーを求めることをやめた。……それよりはむしろわかりやすい人気取り政策を行な…

生きること

『本の雑誌』8月号の特集『途中経過! コロナと出版』では、書店・取次・印刷会社・図書館・倉庫から編集者・ライター・校正者・装丁家などが、影響度を報告している。もっとも、写真家の奥山淳志は、「コロナ禍のようなもので人生観を変えなくていけないほ…

無意識

……学生たちに教えたのが、長く書き、いらない部分を削れということ。書いて、削って、を繰り返せと。なぜそれをするかというと、無意識をどこかから引きずってくるためなんです。……無意識だまりというのは、地下水脈みたいに地球の下のほうにある。つまり人…

配達員の風景

コロナ禍で仕事がなくなった映画監督が、上京して「Uber Eats」の配達員を始め、その記録映画が、くしくも格差社会の現実をあぶり出していく。 そのときのポジションによって、見える風景は異なる。『東京自転車節』(日本、青柳拓)に映された風景は、便利…

終わりなき戦い

ヒロインが自身を育成した組織に立ち向かう『ブラック・ウィドウ』(米国、ケイト・ショートランド)。単なるスパイアクションではない。組織のメンバーである疑似家族の物語だ。組織の陰謀を知り、一家は共通の敵を倒すが、達成感は一時のことに過ぎない。…

メイドと三味線

横浜聡子の新作『いとみち』(日本)は、これまでのように主人公が強烈なキャラクターというわけではないが、メイドカフェで働く女子高生が、カフェ存続のため、得意の津軽三味線を披露するという一風変わった筋立てである。家族の結束、地方の活性という普…

生と死の関係

『Arc アーク』(日本、石川慶)の前半では、ひもを使った遺体の保存施術が、グロテスクな映像によって披露される。テーマが深みを増すのは、むしろ後半だ。不老不死が実現された世界で、人間が人間として生きるために、個人がどのような選択をするのかを、…

身体の多様性

音に反応して人を襲う怪物たち。続編『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』(米国、ジョン・クラシンスキー)では、ホラーサスペンスに加え、耳が不自由なか、家族が生き残るために決死の試みをする娘の活躍に、焦点があてられる。 特異な状況では、補聴…

あなたのために

車いす生活の娘のため、毎日献身的に尽くす母。だが投与された薬の実態や母との関係について娘が知った真相は驚くべきものだった。『RUN ラン』(米国、アニーシュ・チャガンティ)は、車いすという制約によって展開されるスリラー。母娘の屈折した愛憎は、…

ダメ母の魅力

大食漢で、能天気で、男にだまされてばかりで……。そんな肉子を小学生の娘が冷めた目で見つめるが、それでも母のことが大好きだし、良さもわかっている。出生の秘密を知っても、関係が途切れることもない。 『漁港の肉子ちゃん』(日本、渡辺歩)では、肉子の…

抗議のために

新作『アメリカン・ユートピア』(米国、スパイク・リー)の公開を機に再上映された『ストップ・メイキング・センス』(米国、ジョナサン・デミ)。デビッド・バーンの率いるバンドの多国籍性、メッセージの社会性は、当時から一貫している。バーンが舞台を…

香港のスター

中国支配下の香港では、学生であれ、新聞記者であれ、たてつく者は、封殺される。スター歌手のデニス・ホーとて、例外ではない。スポンサーが離れ、公演も開催できない。教師である両親にのびのびと育てられ、海外生活を経て、表舞台に立った彼女は、自分が…

あの時代、あの瞬間

映像に音声が合わないというトラブルを克服し、半世紀の時を経て公開された実写版『アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン』(米国)。このドキュメントで監督のシドニー・ポラックが優先させたのは、ミュージックビデオとしての洗練度ではない。魂の…

もう一つのコロンボ

刑事と犯人の直接的なやり取りがいっさいない『刑事コロンボ 初夜に消えた花嫁』は、シリーズとしては異色だが、こうした作品があることで、定型の良しあしを再確認できる。 誘拐犯は、これまでのコロンボ物にはなかった猟奇的な気質の持ち主だ。それでも、…

浮浪者のための映画

伯母の遺産を受け継ぐどころか、一文無しになった中年男が、それでも働かずにパリの街をさまよう。金やパートナーのいる人たちにとっては優雅に暮らせる街も、浮浪者にとっては、過ごしやすい場ではない。そんな彼に思いがけぬ結末が訪れるのは、『獅子座』…

人間的な歌

昼は採掘場でパワーショベルを運転。夜はステージで、バンド仲間と心の叫びを歌い上げる。党に利用され、秘密警察に仲間の監視を要請されたのは、東独の理想を信じたからだった。ゲアハルト・グンダーマンは、東西統合後にかつての活動を告白する。『グンダ…

多彩なアニメーション

絵柄も雰囲気も多彩な岡本忠成のアニメーション。『チコタン ぼくのおよめさん』では、好きな女の子のために少年があれこれがんばるが、好意を得たかと思いきや、悲劇に見舞われる。『虹に向って』では、隣村同士の男女が、苦労の末に橋を築き上げ、念願のと…

ゆるい冒険

休暇中の空軍パイロットが、誘拐された婚約者を救出するため、パリからブラジルまで追っていく。ジャン=ポール=ベルモンド主演の『リオの男』(フランス・イタリア、フィリップ・ド・ブロカ)は、冒険活劇といっても、米国映画のような超人的肉体で敵を粉…

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