2023-01-01から1年間の記事一覧
西部開拓期の物語でありながら、銃撃戦も荒野もない。男二人の物語には、女が絡まず、敵対する商人との一騎打ちもない。『ファースト・カウ』(米国、ケリー・ライカート)は、既成のジャンル映画とは隔たった位置にある。決着を付けない終わり方には、短編…
画面の分割はせずとも、複数視点の表現はできたろうが、試みといい、救いのなさといい、ギャスパー・ノエは容赦しない。『VORTEX』(フランス)では、父母も息子も、病的なものをかかえている。ときに正常、ときに極端な彼らが陥る結末は、必然だろう。 認知…
『「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展』(国立西洋美術館)では、中心となったパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックだけでなく、アフリカの彫刻やアンリ・ルソーの絵画といった起源はもとより、発展後のシャガールやル・コルビュジエらまでの歴史的…
英雄でもなく、勇ましい男ではない。『ナポレオン』(米国、リドリー・スコット)では、戦場での勇壮な戦いぶりだけでなく、愛しながらも別れた元妻との悲哀や、ロシア遠征敗北以降の失脚などに力点を置いている。灰色主体の画質と合わせ、抒情詩のような物…
経営難の農場を立て直すため、納屋にキャバレーを作るという発想が新鮮だが、それが実話であり、それで成功したというのが、驚きだ。『ショータイム!』(フランス、ジャン・ピエール・アメリス)で、酪農家が個性的なパフォーマーをかき集めて奔走する展開…
会社を辞め、コンビニでアルバイトとして働く20代の女が、再会した同級生や年下のバイト仲間と交流するうちに、自分を取り戻す。『朝がくるとむなしくなる』(日本、石橋夕帆)には、特別な出来事が訪れるわけではない。だが、再生をもたらす場とは、こうし…
駆け落ちした妻と男、赴任地で再会した夫。三つ巴の対立は、不況対策で開発を進める市と鉄道会社、土地を持つ牧場主も、同様だ。 1992年に初回放送をした山田太一作のドラマ『チロルの挽歌』では、それぞれの言い分をすくいあげながら、衝突や決別で終わらせ…
ケネディの政策は。米政権の主流派にとっては、肯定すべきものではなかった。仕組まれた銃撃も、証拠隠滅も、必然の策だったろう。 『JFK 新証言 知られざる陰謀 劇場版』(米国、オリバー・ストーン)は、銃の細かい調査から始まり、権力者の巨大なたくらみ…
『世界』11月号掲載の「大阪とデモクラシ――維新・万博・都市の地層」で指摘されるのは、既存の中間集団に攻勢をかけて勢力を増やす手法で、政権の安定基盤を維持できるかということだ。万博においても、パビリオンの簡易建設、ゴミ処分場の消滅や公費負担の…
唐時代の二人の風狂僧に想を得た『横尾忠則 寒山百得』(東京国立博物館:表慶館)は、日夜書き連ねた画が、日記のように、日付順に建物の隅々まで飾られている。西洋画や現代事象のパロディーのようなものも含め、緩やかな線で気ままに描かれた筆致からは、…
機密情報をリークした女と、家の内外で尋問するFBI捜査官。『リアリティ』(米国、ティナ・サッター)は、音声記録をもとにやり取りを再現した。捜査官は決して強圧的ではないが、それでも、執拗な追及によって、女は行為を認めてしまう。 リークの内容は、…
『月』(日本、石井裕也)の洋子は、重度障害者の施設で働いている。兼業作家でもあるが、小説が書けない。生活力のない夫や高齢の妊娠にも悩まされている。 同僚のさとは、聴覚障害者の彼女がいるし、施設でも紙芝居をつくっている。職務に熱心な青年だが、…
「……褒める時には必ず感動がある。感情は分析できないものなんですね。感動が文章の中心にあって書こうとすると、感動自身は非常に言いにくいし、分析しがたい、文章っていう者がそこで生まれてくるんですよ。……分析的な論理じゃどうしても言い表せないもの…
チャック・ベリーから、ジョン=レノン、ドアーズ……。1969年、トロンで開催された音楽フェスティバルでは、新旧の伝説的なロッカーが勢ぞろいした。『リバイバル69』(カナダ・フランス、ロン・チャップマン)では、彼らの熱いパフォーマンスを大画面で見れ…
ヒロインは孤独だが、信頼できる女友達がいて、協力してくれる仲間もいる。『キリエのうた』(日本)は、岩井俊二の総集編とも言うべきエッセンスが散りばめられるばかりか、震災の傷跡も、背景にある。 どこか風変わりな人間が程よい距離感を保っている限り…
小さな村の出来事が追う州全土を象徴する。私生活の乱れた男は職場で暴力をふるい、貧しい住民は外国人労働者の排斥に乗り出し、教会の神父は異端者に冷淡だ。 『ヨーロッパ新世紀』(ルーマニア・フランス・ベルギー、クリスティアン・ムンジウ)は、環境運…
すでにゆとり世代でさえ、旧世代である。8年前のドラマ同様、宮藤官九郎脚本による続編『ゆとりですがなにか インターナショナル』(日本、水田伸生)では、居酒屋の経営者以下、30代半ばの男たちが、労働環境やグローバル化にさらされて右往左往する。 人の…
内モンゴル自治区でも都会と地方には格差がある。『草原に抱かれて』(中国、チャオ・スーシュエ)では、息子夫婦とアパートに住むようになってから、認知症となり、部屋に閉じ込められた母をミュージシャンの次男が連れ戻し、草原の家で暮らす。それでも母…
資金も機材も乏しく、要人に接触するつてもない。しかも、記者は全員、被差別階層の女性たちだ。『燃えあがる女性記者たち』(インド、リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ)が記録した新聞社の記者が実行するのは、対象に直接会い、紙媒体やSNSなどを…
「中でも何が一番つらかったかといえば、嘘つき扱いされることでした。レイプそのものがなかったことにされ。嘘つき呼ばわりされる」 「対話してくる中で、気付いたことをたとえばひとつ挙げるとすると。かつて加害者となった方々のほとんどが、自分の被害者…
内田「加速度主義的な政治勢力は「社会的共通資本」を標的にする。大阪維新がまずやったのは公務委員叩き、それから公共交通機関の民営化、医療拠点の統廃合、そして学校の統廃合ですが、みごとに社会的共通資本だけを標的にしているのがわかります。……人間…
医療用通報装置の誤作動で呼び出された警官が、双極性を患う黒人の老人がアパートの部屋の鍵を開けなかったために、強引に押し入り、暴行の末、殺害する。管理会社のスタッフも彼の家族も、強行の前で話すすべもない。『キリング・オブ・ケネス・チェンバレ…
歴史的な評価や国民の合意が定まらぬまま、実行された儀式。『国葬の日』(日本、大島新)は、元首相の式典が開催された日に、事件現場の奈良、地元の下関、被災地の福島、基地問題で揺れる沖縄など、各地の人々を記録した。 国葬の何が問題なのか、認識する…
物書きになりたかったわけではない。体系的に材料を集めたわけでもない。『こんな感じで書いてます』(新潮社)は、会社勤めのかたわら、片手間にやっていた執筆を正業にした自然体の活動歴が綴られている。 友だちに語るように、書いてきた。原稿料で生計を…
すべての老人が年金暮らしで悠々自適に暮らせるというわけではない。平舘英明『「人生100年時代」は幸福なのか』(『週刊金曜日』9月22日号)では、貯金や年金の少ない層が、長生きすることで、かえって生活苦にあえぐという現実が報告されている。現役時代…
時代に合わせて、様々な恋愛を描く山田洋次。『こんにちは、母さん』(日本)では、高齢の母が、リストラや娘との関係に悩む息子をよそに、近隣の神父に思いを寄せる。結局、思いがかなわないとはいえ、ときめくことでの初々しさや微笑ましさは、年を超えた…
実際の運転経験がほとんどないゲームオタクがプロレーサーとなり、世界的なレースで表彰台に上がる。実話をもとにした『グランツーリスモ』(米国、ニール・ブロムカンプ)では、青年がいきなりプロデビューするわけではなく、綿密に設定された訓練課程が紹…
状況追随型の政治は、突発的な事態や、長期的な視野を要求されない限りは、大きな失策をせずに持ちこたえられる。朝日新聞政治部『鵺の政権』(朝日新書)でたどるのは、何をやりたいのかわからない岸田政権の軌跡だ。増税や説明不足を巡って、政府を転覆さ…
関東大震災直後、暴動を恐れた村人が、行商人の一団を朝鮮人と勘違いし、無差別に視察する。民主的な村長も、血気盛んな群衆の前では、何の抵抗力もない。 お国のため、家族のためという大義名分の前には、報道がデマかどうかなど、問題にはされない。群像劇…
兄が海外で同性婚をするという話を除けば、『バカ塗りの娘』(日本、鶴岡慧子)は、ありふれた家族の物語かも知れない。けれども、日々の暮らしの中で、一番生き生きしているのは、伝統工芸・津軽塗を手がける場面だ。 漆を塗っては研ぎ、いくつもの色を重ね…