2023-01-01から1年間の記事一覧

過去と未来

ホロコーストの傷跡が残るのは当事者だけではない。運よく死を逃れた者も、その後の影響から、遠ざかることはできない。短篇集『アントンが飛ばした鳩』(バーナード・ゴットフリード、柴田元幸・広岡杏子:訳、白水社)では、ポーランドのユダヤ人家庭に生…

少女の死

まじめな女子高校生が実習生として勤めたコールセンターは、いわゆるブラック企業だった。学校にも両親にも彼女の訴えは理解されず、周囲の利害関係も絡んで追い込まれた彼女は、命を絶つしかなかった。ダンス仲間だった女性刑事は、少女真の問題として片づ…

人柄

破滅型ではないロックミュージシャンの夫婦は、家庭生活や交流でも人を幸せにした。『シーナ&ロケッツ 鮎川誠 ロックと家族の絆』(日本、寺井到)では、家族や音楽関係者との交流が、バンド結成以前から、彼らの死まで公開されている。ステージだけではな…

文明の想像

スペインに侵攻されるまで、栄華を誇った古代文明。『特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン』(東京国立博物館 平成館)で展示された造形物から、農業国家として生き抜いた人々の世界観をどこまで想像できるか。

大義名分の爆撃

第2次大戦下、ナチス打破の掛け声の下、連合軍は特定地域への大量爆撃を実施。軍需工場が標的と言っても、実際に破壊したのは、市街だ。損害を受けたのは、住民や建物だった。工場で爆弾や戦闘機を作る労働者は、大義名分のもと、大勢の犠牲者が出ることなど…

母と娘、そして

娘たちの前で、果物を切る。かつて住んでいた家を訪ねると、物が放置されたままだ。 亡き夫の遺品や命を絶った長女のフィルムを前に、心境を語るジェーン・バーキン。娘のシャルロット・ゲンズブールが監督した『ジェーンとシャルロット』(フランス)では、…

院内のようでいて 

テレビドラマをつないだものだが、劇場で見れば、3編合計で15時間を超える。夢遊病患者が、病院の呪いを解こうとする最終編『キングダム エクソダス〈脱出〉』(デンマーク、ラース・フォン・トリアー)には、旧作を踏襲する人物や、その親族もいる。ほとん…

構成の妙

クリスマス前夜までのロンドンで進行する複数の物語。カップルのタイプがそれぞれ違い、しゃれっ気があっても、羽目を外しすぎることはない。亀裂しそうな夫婦のエピソードも交えて、アクセントをつけ、クライマックスではカップル同士が遭遇する。『ラブ・…

現代アートの開放性

現代アートという枠組みがなければ、火薬を使ったドローイングやパフォーマンスは、単なる奇行と受け止められて終わるかもしれない。『蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる』(新国立美術館)が、時空を超えて広がるのは、アートという開放的なジャンルの…

絵画の風景

『デイヴィッド・ホックニー展』(東京都現代美術館)の展示品の中でも、ひときわ目立つのが、ノルマンディーの風景だ。写真や映像とは違う色合いと鮮明さ。絵としての心地よさがある。

多面的

オートバイによる崖からの落下がクライマックスかと思いきや、最後は車両ごとに落ちていく列車から脱出する。『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』(米国、クリストファー=マッカリー)は、年齢を感じさせぬトム・クルーズの身体能力…

作風

架空の経営者を仕立てて、責任を押し付けてきたIT企業の実質経営者は、身売りを進めるため、売れない役者を社長に仕立てて、交渉する。内情を知らない役者は、従業員に情がわいて、身売りをとん挫させようとするが……。 『ボス・オブ・イット・オール』(デン…

美術館の事情

展示品の買い付け、運搬、状態維持、予算の仕組み……。欧米美術館のドキュメンタリーにおいて、あまり取り上げられなかった裏事情が、『わたしたちの国立西洋美術館』(日本、大墻敦)で紹介される。企画のち密な準備や、館員や運送業者の真摯な活動を知れば…

AIと人間

意味を理解せぬまま、わかったようにふるまう。間違いもある。今井むつみ×川添愛『わかりたいひととわかっているふりをするAI』(『世界』7月号)では、チャットGPTの問題点が指摘されている。 AIの使い方には個々の力が試されるだろうし、どう使うかを問う…

いやらしさの俯瞰

屋根のない家々を俯瞰し、家畜のような人間たちの行状をナレーターが解説する。『ドッグヴィル』(デンマーク、ラース・フォン・トリア)もまた、無垢な女の物語だが、ギャングに追われて、小さな村に潜入した彼女は、鎖をはめられたうえ、どれだけ村人に酷…

構築者の境地

過大な広告を避け、予備知識抜きに見ることを迫った『君たちはどう生きるか』(日本)。題材といい、表現といい、宮崎駿の総集編とも言うべきものが、わかりやすくちりばめられている。素材をどのように置き換え、自分のものとして発展させるか。フィクショ…

鬼才の奇跡

事故で全身まひに陥った夫を愛し、身体が不自由な彼の代わりに別の男と関係を持てという要求さえ、ひたすら実行する。純粋で無垢でありすぎるほど、信仰心が厚い。 『奇跡の海』(デンマーク、ラース・フォン・トリアー)は、彼女を通して、教会の偽善や周囲…

映画の飛躍

親とは不仲で、祖母からは家の恥と責められる。夫はまともに働くことなく、暴力をふるう。幼い子どもを食べさせるにも、未成年で金を稼ぐのは、体を売るか、違法なキャバで働くのみ。『遠いところ』(日本、工藤将亮)の舞台は沖縄のコザだが、どの地でもあ…

浪曲の情

『絶唱浪曲ストーリー』(日本、川上アチカ)は、新人浪曲師の名披露目までを追うドキュメンタリー。ラップやブルースのような浪曲の魅力に加え、大ベテランの浪曲師と曲線の愛情が、心にしみる。

現代向け人魚姫

批評家には受けなかった実写版『リトル・マーメイド』(米国、ロブ・マーシャル)だが、現代の多様に合わせ、人魚姫の一家をはじめとするキャラクターが配慮され、ミュージカルとしてのバランスもとれている。海も歌声も美しく、好感の持てる一編だ。

シングルマザーの救い

宝くじの懸賞金を使い果たしたシングルマザーが、その後も酒と怠け癖から抜け切れない。離れて暮らす息子にも、地元の仲間からも疎んじられる。 『To Leslie トゥ・レスリー』(米国、マイケル・モリス)は、彼女のダメっぷりが痛々しいが、モーテル経営者ら…

農村の戦争

爆風で家の壁に大穴が開いた。上空では民間機が撃墜された。出産を控え、国境近くの農村でつつましく暮らす夫婦の生活も、戦争から遠ざかることはできない。 2014年のウクライナ、ドネツク州を舞台にした『世界が引き裂かれる時』(ウクライナ・トルコ、マリ…

世界の不合理

映画プロデューサーを目指す新人アシスタントが活動する場面の大半は、オフィス内の事務作業だ。『アシスタント』(米国、キティ・グリーン)は、ハラスメントを働く会長の姿そのものは見せない。見て見ぬふりをする同僚や、もみ消しに加担する人事担当者が…

映像はスタイリッシュ

混血少年を筆頭に、妊婦やら異国人やら、多様なスパイダーマンが登場。アニメ『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』(米国、ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン)は、実写的なCGではなく、コミック調の…

平和のための哲学

けんかをしようが、万引きをしようが、体罰をくらわすわけでも、頭ごなしにしかりつけるわけでもない。哲学を専門とする好調の率いる北アイルランド、ベルファストの小学校では、宗教による争いから住民が対立しあった歴史の反省から、教師は、生徒たちと辛…

怪物のかかえる物語

母親も教師も子どもも、悪意はないのだが、味方によっては、迷惑者というモンスターに見えてしまう。『怪物』(日本、是枝裕和)は、ミステリアスに見えたそれぞれのエピソードが、常識的な人間ドラマに回収されてしまう展開が惜しまれるものの、各々が抱え…

家の事情

水道を止めるため、日夜、支払延滞者の家庭を訪ね歩く水道局員。金があるのに払わない市民もいるが、育児放棄をされて子どもだけで暮らす家もある。『渇水』(日本、高橋正弥)の局員は、妻子と別居中。延滞者の家庭に自身の今を重ね合わせていた。

財政の実態

消費税をはじめ、庶民に負担となる税金は増え続ける。給付金が一時的に出されたととしても、それを上回る課税が様々な名目で徴収される。社会保障や医療費はかさむ一方だが、恩恵のある層が、からくりを明かすことはない。 国の財政不安をあおり、長年、布教…

中高年シングル女性

住宅・仕事・社会保障……。座談会『透明にされた「中高年シングル女性」の困難』(『世界』5月号)では、大多数向けのセイフティーネットから外れた層の現実が語られている。少子化対策とやらで出産を期待された産める年代の人だけが支援対象なのか。自助努力…

ロックと政治

ニナ・ハーゲン、ベルベットアンダーグラウンド、デビッド=ボウイらと、チェコのハヴェル大統領、ドイツのメルケル首相が、歴史の転換点でどのようにかかわったか。『映像の世紀バタフライエフェクト ロックが壊した冷戦の壁』(NHK)は、「ベルリンの壁」…

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