過去と未来

 ホロコーストの傷跡が残るのは当事者だけではない。運よく死を逃れた者も、その後の影響から、遠ざかることはできない。短篇集『アントンが飛ばした鳩』(バーナード・ゴットフリード、柴田元幸・広岡杏子:訳、白水社)では、ポーランドユダヤ人家庭に生まれ、写真家として活躍した筆者が、長年封印していた幼少時から戦後までの記憶をたどっている。

 深く愛した女性は、敵対するナチ高官の親族だった。彼女も筆者も、自分たちに罪のないことは知っているが、結局、別れざるを得ない。けれども、この記録はそれで終わるわけではない。渡米した筆者は、その後も生き続けた彼女を知る機会に恵まれるのである。

 歴史は、過去を葬るだけではない。未来にも続いている。

                    

 

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