2022-01-01から1年間の記事一覧

映画の感触

耳の聞こえない女子ボクサーが主役とはいえ、『ケイコ 耳を澄ませて』(日本、三宅唱)は、視覚障害を前面に打ち出したわけでもないし、試合での劇的な盛り上がりを狙ったものでもない。だが、時間の経過や人の絡みによって、心に刻み込むのは、まぎれもなく…

家族の物語

前作から加わったのは、森林から海上に戦いの場を変えた特撮の精度だけではない。『アバター ウェイ・オブ・ウォーター』(米国、ジェームズ・キャメロン)は、先住民を妻にしたアバター一人ではなく、家族の結束で、民族を守るという、より広範な物語になっ…

籠城の痕跡

支配する側の警察からすれば、武器を持たない若者とて、抗議運動にかかわる者は暴徒にすぎない。あるべき生活も許されるべき自由も、考慮すべき余地はないとして、犠牲者は浮かばれない。 『理大囲城』(香港、香港ドキュメンタリー映画工作者)では、名門大…

ドキュメンタリーの記憶

被写体や公開の場に制約のあるドキュメンタリーだが、今日の素材は豊富だ。大島新『ドキュメンタリーの舞台裏』(文芸春秋)は、『なぜ君は総理大臣になれないのか』など、テレビ出身の監督が、実体験をもとに、製作現場や方法について明かしている。目まぐ…

往時の一人芝居

ホットな時事ネタを風刺するコント集団の年末公演『ザ・ニュースペーパーPart101』(博品館劇場)。舞台では、10月に死去したリーダー、渡部又兵衛がまだ元気だった頃の映像も流された。 妻や娘たちが旅行に出て、一人酒を味わう熟年男。解放されたのは、こ…

湿地帯で生きる

幼少期に家族から見捨てられた女。湿地帯の小屋に一人で住んでいた。美貌に惹かれた男ともいたが、一人は彼女と愛しあった挙句、立ち去って、連絡が取れなくなる。もう一人の男は、死体となって発見された。彼は婚約者のいることを隠していたばかりか、暴力…

ガラクタはアート

ガラクタに見えるようなものを保存し、スペースを取る。『大竹伸郎展』(東京国立近代美術館)のアートには、意味や効果といった世間的な価値観とは対極の解放感がある。

永遠の恐怖

写真や動画が当事者の目的に沿った宣伝に使われている分にはいい。個人の写真や動画が、知らぬ間に悪用され、拡散されていたら……。ネット上の投稿はIDの更新後も続き、匿名の手紙が届けられ、どこで誰に見られているかの不安を永遠に払しょくできない。 「誰…

悲惨ではなく

ショービジネスでの成功を夢見た母娘の没落が主軸だが、『グレイ・ガーデンズ』(米国、アルバート・メイズルス、デヴィッド・メイズルス、エレン・ホド、マフィー・メイヤー)というドキュメンタリーで記録されたのは、それだけではない。汚れ…

そして現代へ

『すずめの戸締り』(日本)では、従来の新海誠の世界に見られた都会の美しさは影を潜めている。男女の運命的な出会いというテーマは維持しながらも、旧作では直接描かれなかった震災や脇役の活躍も比重を増している。平凡ながら愛着の持てる田舎町や通俗を…

捨てたもの

『展覧会岡本太郎』(東京都美術館)には、「太陽の塔」「明日の神話」、CMから野球帽まで、よく知られている作品に加え、パリ時代の習作と推定される絵も公開されている。作品の保管と公開を重視した岡本があえて持ち帰らなかった絵には、彼が捨てた何かが…

一線を越えて

犯罪捜査に食い込むあまり、一線を越えた敏腕刑事。彼を監視する若手刑事は、殉職した父の二の舞を踏むまいと誓いながら、心が揺れていく。『警官の血』(韓国、イ・ギュマン)は、善悪で割り切れない世界の不条理をえぐりとった韓国ノワールだ。

空間の心地

写真を飾るだけではない。スライドがあり、長時間の映像もある。『川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり』(東京オペラシティ アートギャラリー)に俗なものはなく、空間の隅々まで、居心地の良さを体感させる。

音楽の喜び

音楽を通じての信頼と衝突。妥協なき演奏と、アイデアに満ちた作曲。6時間にまたがる3部作、『ザ・ビートルズ Get Back』(英国・ニュージーランド・米国、ピーター・ジャクソン)には、歴史を踏まえた創造の喜びがある。

ひそんでいるもの

幼少時に胸椎カリエスを患い、36歳で亡くなった写真家。「はじめての、牛腸茂雄。」(ほぼ日曜日)では、プリント写真ともに愛読者や日記が展示されている。几帳面な字。被写体の人間性を先入観抜きにとらえた写真。心を落ち着かせ、静かに見つめると、ひそ…

無数の欲望

「武勇伝おじさんは大抵「逮捕なんか恐れるな」など過激路線を無責任に煽る一方、マウント系は具体策は決して出さずにダメ出しばかりする」(雨宮処凛「誰かを馬鹿にしたいという無数の人々の欲望」『週刊金曜日』10月21日号) 「そんな時、心底思ったのは、…

仕事はタイムループ

タイムループで同じ一週間が繰り返され、クライアントに無理難題を押し付けられながら、何度も泊まり込みで同じプレゼン資料を作らなければならない。過酷な日々から脱出するには、チーム全員で結束し、原因を取り除くしかなかった。『MONDAYS このタイムル…

妃の解放

『スペンサー ダイアナの決意』(ドイツ・英国、パブロ・ラライン)は、ダイアナ妃が皇太子との別居を決意したとされるクリスマス休暇のドラマ。窮屈で前時代的な流儀に違和を覚える彼女は、エリザベス女王の私邸から抜け出して、朽ち果てた実家に足を踏み入…

美しいガラス

工芸品でありながら、芸術品でもある。自然を模した色や形。ガラス細工の作業は肉体労働だが、様々な工場や職人の技術を取り入れながら、発展し、受け継がれてきた。『イッタラ展』(ザ・ミュージアム)で披露されたグラスや皿は、一見シンプルでありながら、…

見捨てられた人たち

住み込みの仕事を失い、転職もままならず、帰るべき場所もなければ、路上生活をするしかない。女性の場合、安全な場の確保も、男性以上に気を遣う。体を洗ったり、生理用品の購入も必要だ。コロナ禍でも快適な場が保証された人々がいる一方で、見捨てられた…

人と自然

新国立美術館で開催された美術家、李禹煥(リ・ウファン)の回顧展。手間をかけて館内に敷き詰められた石など、素材そのものが、人と自然を超えるべく、思考を刺激する。

彼女の理由

刑務所上がりでまともな住まいも仕事もない。中年女が、離れて暮らす子どもに会うためには、規則を破るしかなかった。里親の家に押しかけたり、知人の家を自宅と偽ったり、児童福祉局に立てこもって、面会を要求したり……。孤高のヒロインではない。同性の中…

誰が殺したのか

第2次大戦下、解放者として、ウクライナの住民が歓迎したナチス・ドイツ軍は、大勢のユダヤ人を渓谷に集めた。爆発事故の首謀者として、虐殺するためだった。軍の撤退後、ソ連は、裁判後に関係者を群衆の前で絞首刑にする。『バビ・ヤール』(オランダ・ウク…

閉店まで

音楽好きが店を切り盛りし、音楽好きが買い物に来るレコード店。もっぱら大型店にないような曲を揃え、品ぞろえが通好みでも、偏屈さと無縁だ。店は2016年に閉じた。『アザー・ミュージック』(米国、プロマ・バスー、ロブ・ハッチ=ミラー)は、棚が撤去さ…

大新聞の今

『朝日新聞政治部』(講談社)では、同社の記者だった鮫島浩が、内部事情を克明に振り返る。同社に象徴される大手新聞社は、もはやジャーナリズムとしての役割を失いつつある。 もし公権力の監視から逸脱し、速報性にすぐれず、真相究明に専心するわけでもな…

平和でないとき

新聞記者の母が大統領の汚職を追求したことで命を狙われた少女は、ウクライナを去り、亡き父の故郷、スイスに渡った。国籍を移し、体操選手として、ナショナルチーム入りを目指すつもりだった。チーム内の確執は、解決したものの、祖国の惨事が気になって仕…

共に楽しむ

魚を愛するが、さばいて食べるのも好き。そんなミー坊が大人になり、一人で生活するまでが、『さかなのこ』(日本、沖田修一)ではコミカルに描かれている。ミー坊を奇異に思う人もいる一方、あたたかく見守る人もいる。子どもの頃は冷ややかな態度だったク…

主軸の揺らぎ

前夫との間に生まれた子どもが、義父母を招いたパーティーの際に溺死してしまう。『LOVE LIFE』(日本、深田晃司)の主軸は、子どもを失った夫婦の危機だが、それがどんどん揺らいでいく。息子夫婦と距離のある義父母が近所から引っ越し、妻の前に、ろうあ者…

映像の功罪

映画監督は、表現ができればそれでよかった。時代によって、映像が戦争にかかわることもあれば、平和を訴えることもある。 『映像の世紀バタフライエフェクト「映像プロパガンダ戦 嘘(うそ)と嘘(うそ)の激突」』は、イメージを喚起する映像のからくりと、そ…

アートの本道 

キャプションが作品の横にはなく、別刷りとなっている。ロッカーの石ころや壁の片隅に横たわるネズミ、床上の丸まった紙がいったい何なのか。何の変哲もない物からギャラリーの思考を刺激する『ライアン・ガンダー われらの時代のサイン』(東京オペラシティ…

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