2008-01-01から1年間の記事一覧

日本語が亡びないために

地球のありとあらゆるところで、さまざまな作家が、さまざまな条件のもとで、それぞれの人生を生きながら、熱心に、小説や詩を書いている。もちろん、六十五億の人類の九割九分九厘は、そんな作家が存在したことも、そんな小説や詩が書かれたことも知らずに…

栄光と転落

永遠に栄える者は、いない。 『英国王 給仕人に乾杯!』(チェコスロバキア、イジー・メンツェル)の給仕も富豪も、栄光と転落を味わう。築き上げた財産もチェコの体制の変化で失うばかりか、投獄されてしまう。 もっとも、命がある分だけ、他国人よりもまし…

本の未来

出版不況で雑誌の休刊が続出するなか、『本の雑誌』でさえ、存続が危ぶまれる状態だ。 2008年になって当社の経営財務状態は急激に悪化した。……気がついたら存亡の危機に陥っていたのである。(『本の雑誌』1月号編集後記) 出版市場の風化は、書き手の将来に…

フィクションの強度

『風のガーデン』(フジテレビ)では、末期がんの父に花嫁姿を見せるために、娘が偽の結婚式を挙げる。 式が茶番であることを父親は見抜いている。それでも、娘や祖父の思いやりが心に響く。 強度の強いフィクションならば、仕掛けが明らかになっても人を興…

2008年、日本

『2008年報道写真展』(日本橋三越本店)には、麻生首相や北島康介といった著名人のパネルの間に、犬の写真が貼られていた。 飼い主に捨てられ、保健所で殺されるときを待つ犬。 こうした状態は、犬だけではないだろう。

美の基準

『WALL・E/ウォーリー』(米国、アンドリュー=スタントン)では、近未来の地球で、ごみ処理ロボットが白いロボットに恋をする。 それにしても、ロボット同士が相手の性別や容姿の良し悪しを判断する基準は、何だろうか。

つかの間の青春

少年時代に罪を犯したが、更生して出所。名前を変え、仕事に就き、友人や恋人もでき……。すべてが順調に行くはずだった青年が、過去を暴露され、すべてを失ってしまう。 筋立ては以上だが、『BOY A』(英国、ジョン・クローリー)は、悲劇を強調するだけの映…

作家の視点

鴻上尚史は、『泣いた赤おに』(浜田廣介)の赤おにではなく、青おにに注目した。 「どうして、青おには去ったのか?」「どうして、青おには黙っていなくなったのか?」「どうして、青おには赤おにを助けたのか?」(鴻上尚史『人生に希望をくれる12の物語』…

永遠のロッカー

2006年10月29日と11月1日。2日間のライブで熱唱したのが、ザ・ローリング・ストーンズ。 『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』(米国、マーティン・スコセッシ)で映し出された彼らは、主力メンバーが60歳を超えているほど思えないほど、歌…

物語の始まり

物語というものは、神代の昔から、この世に起きた出来事を書き遺したもの。正史といわれる「日本紀(日本書紀)」などはほんの一部しか書いていない。実は、物語のなかにこそ細かいことが詳しく書いてある。作者はそれを、そのまま書くことはしないし、又い…

表現のエネルギー

『巨匠ピカソ 魂のポートレート』(サントリー美術館)、『巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡』(国立新美術館)の両展から、晩年まで衰えることを知らなかったピカソの旺盛な創作欲がうかがえる。 かつては前衛的だったピカソの画法も、彼の絵を見慣れてしまった現…

秘密の隠し方

『バンク・ジョブ』(英国、ロジャー・ドナルドソン)で描かれた事件は実話だそうだ。銀行の地下金庫に、王室から裏社会の人間まで、著名人のスキャンダルにかかわる秘密書類が眠っていたというもの。 しかし、それほどの秘密ならば、銀行という公の場所では…

その日まで

平均年齢80歳のロックコーラスグループが、英国にいる。 ドキュメンタリー映画『ヤング@ハート』(英国、スティーブン・ウォーカー)は、メンバーの練習風景を追う。 エネルギッシュに歌い、難曲にも果敢に挑む老シンガーたち。コンサート直前に、メンバー…

唐突な体験

突然やってきて、その後、突然消える女。 『その木戸を通って』(日本、市川崑)の妻ふさが、『夕鶴』のつうと違うのは、主人に何の罪もないことだ。 唐突な出会いと別れは、だれにでもあることなのかもしれない。

作家の誠実さ

語りたいこととかある思い(フット・フェティシズムでもなんでもいい)を一つの幾何学的な物語に組み立てること、読者に与える効果を考えながらエピソードの順序を入れかえること、語り手をどうするか(一人称か三人称か)を考えること、伏線をフェアに張るこ…

本当の物語

私がすごく面白いと思った話でも、父は愛想で笑ったりせず、「どこが面白いんだ」と一刀両断する。……だんだんどういうお話なら父が面白がるかを覚えていったんです。結果的にお話とは物語であって、この世の中の出来事はたいてい物語で作られているけれども…

食べること

『ブタがいた教室』(日本、前田哲)では、クラスで飼育したブタの処分をめぐって子どもたちが激論をかわす。 食べるために動物を殺すのは残酷なのか。 大人なら、どうにでも釈明できることが、直球思考の子どもには、ごまかしが利かない。 食べることは、快…

寝心地

昼寝して、変な夢を見ちゃったみたいな感じでご観賞ください。(前田司郎―五反田団『すてるたび』の公演パンフから) 観劇をしながらうとうとするのも、心地いい。

幸福の物差し

死を待つだけの死刑囚には絶望しかなく、幸福など感じられるはずがないとするのは、世間が決めた幸福感です。その幸福感を後生大事に抱えている限り、死刑囚は絶望の淵で、不幸を背負って生きるしかありません。 しかし、同じ死刑囚でもこのアラブの死を死刑…

フォーム

小説書きもプロである以上、フォームの世界なんだ。通産打率、持続、を重く考えなければならない。ところがこうい何かを創っていく仕事は、一作に全力を投球しなければならないことでもあるんだ。だから、プロ式とアマチュア式と両方必要なんだな。(色川武…

通過点

ある作品を、「要するにこれこれについて描かれている」というふうにまとめてしまうときに必ず、そのまとめ方から外にあぶれてしまうものが出てくるからです。そのあぶれた部分は、その作品の欠点とみなされるか、その反対に、あぶれているゆえにその役立た…

トラブル人生

ふだん頼りない人間が、トラブル対応の際、水を得たように力を発揮する。どんな職場でもあることだ。『ハッピーフライト』(日本、矢口史靖)では、空港と飛行機内である。 トラブルがあまり頻繁に起きるようだと心身が磨耗するが、たまに起きる程度なら、生…

舞台裏よりも

応募者3000人のうち、最終的に選ばれるのは19人。ミュージカル『コーラスライン』のオーディションだ。しかし、競争が激しいのは、この世界だけではない。 そう考えると、ドキュメンタリー『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』(米国…

地域俳優

この肉体は両親が作った。しかし、「私」という意識までは作ってくれなかった筈だ。その「私」という意識が出てくる「それ」を世話してやること。地域俳優がもしも現代演劇に欠かせない存在なのだとしたら、舞台で魂の世話をすることに習熟する俳優たちとい…

深みにはまる

『その土曜日、7時58分』(米国、シドニー・ルメット)の兄弟は、資金に困って宝石店強盗を企てて、失敗。立て続けに不幸が訪れ、兄に至っては、自分と縁の深い人物の手によって殺されてしまう。 挽回しようと悪あがきしても、深みにはまって、ますます窮地…

現代人

『ICHI』(日本、曽利文彦)の主人公は女剣士の市。生い立ちはドラマとして平凡だ。不幸な女がたどる典型的な運命を忠実になぞるだけだからである。 作品としては十分描けていないが、浪人・藤平十馬のほうが、印象的ではある。 幼少の頃に自らの剣で誤って…

命の実感

『風のガーデン』(フジテレビ、倉本聰)の麻酔科医・白鳥貞美も、患者の二神達也も、末期ガンである。 死と孤独。 二神の残り少ない日々に、白鳥は自らの姿を重ねている。 命が有限であることを実感するからこそ、生の重みを感じられる。その自覚が遅すぎる…

メディアとモラル

戦地に赴く人間は、モラリストばかりではない。兵士が異常な環境のなかで、軍務を名目として犯罪行為に走る可能性は否定できない。 『リダクテッド』(米国、ブライアン・デ・パルマ)は、実在の事件をモデルにして、イラクでの少女レイプ事件を再現している…

土地の記憶

鹿鳴館跡地には、破綻した大和生命の本社ビルが建っている。 鹿鳴館の痕跡を記者が同社の広報室に尋ねた。 「遺物といえば、これだけでしょうか」。見せてもらったのは鹿鳴館の基礎杭の断片だ。二十五年ほど前、本社ビル新築の際に発掘されたという。変哲も…

独自性の難しさ

オリジナリティーさえあれば、作品は必ずしも今の時代に評価されなくたっていい。十年くらい後に、必ず目利きの美術評論家や美術館が再発見し、マーケットにプレゼンテーションしてくれる。(村上隆談「生き残るのは独創性」『日本経済新聞』29日夕刊) もっ…

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