『出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝』(東京都写真美術館)の多くは、感傷に時間を要する実験映像だ。ドラマの典型的な設定に見える女と家庭や社会との関係もさることながら、家族写真の背後に戦時を重ねた映像は、観る者をはっとさせる。

『出光真子 おんなのさくひん――ある映像作家の自伝』(東京都写真美術館)の多くは、感傷に時間を要する実験映像だ。ドラマの典型的な設定に見える女と家庭や社会との関係もさることながら、家族写真の背後に戦時を重ねた映像は、観る者をはっとさせる。

絵画や陶芸を配置するだけでなく、会場自体がアートとして構成されている。『ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ』は、二人のアーティストの組み合わせがいい。

別居中だった父が、母娘3人の家に久しぶりに帰って来る。それだけなら、ありふれたホームドラマだが、『マイ・リトル・クイーンズ』(スイス・スペイン・ペルー、クラウディア・レイニケ)の舞台は、独裁政権下のペルーの首都。夜間外出禁止令が出され、政治犯は常に逮捕される危険性がある。いい加減な父親と、愛らしい娘たちのバカンスものかと思いきや、母娘が出国を目指す後半は、シビアな展開になる。

結婚式を間近に控えた二人が、過去の秘密を暴露しあったことで、一層親密になるどころか……。
『ドラマなふたり』(米国、クリストファー・ボルグリ)は他人同士が異なる思惑をどこまで理解し、受け入れるかのモデルケースと言える。極端なドラマだと思ってはいけない。想定外の衝突は、世界のどこかで、常に起きていることだ。

会社が倒産。漫画の仕事も失った中、手塚治虫が渾身をかけて描いたのは……。『手塚治虫の戦争』(NHK)は、生涯を通じて、彼が追い続けたものの根幹に触れている。

鴻池留衣『純文学って何だよ』(集英社)は、作家同士の雑談であり、文芸誌には載らないような話が率直に語られている。純文学に親しむならば、堅苦しい文学観よりも、よほど参考になるだろう。

『杉本博司 絶滅写真』(東京国立近代美術館)のキャプションで、杉本は、カメラを人間の目の構造を映した装置としてとらえ、シャッターの速度を人の一生に例えている。灯のゆらぐ時間は有限だろう。
