2020-01-01から1年間の記事一覧

脳内世界は広がる

『私をくいとめて』(日本、大九明子)の独身OLは、世間的な生き方とは外れているが、脳内会話を続けることによって、うつ病になることも、狂うこともない。他人に迎合することもない分、きわめて健康的だ。恋仲になる年下の男も、彼女の生活様式を変えよ…

感情のスタイル

『ハッピー・オールド・イヤー』(タイ、ナワポン・タムロンラタナリット)の女は、実家をミニマルなデザイン事務所にしようと決断。大量の雑品を処分するには、友人から借りた物を返し、共有する家族の思い出も断ち切らなければいけない。最大の難関は、元…

鬼滅に見えるもの

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(日本、外崎春雄)は、原作やテレビ版を見なくても十分楽しめるだろう。剣士の前に立ちふさがる鬼が何を象徴し、弱さと寿命を自覚しつつ、終わりなき戦いに挑む炭治郎たちが、なぜ現在の観客の心を揺さぶるかは、あえて言…

相手の事情

引っ越し先のアパートには、布団を猛烈に音を立ててたたく隣人がいた。相応の理由があったが、執筆と子どもの世話に追われる主婦作家は、わからず、ののしるだけだった。 『ミセス・ノイズィ』(日本、天野千尋)の登場人物は、いずれも相手の事情が見えてな…

負けの輝き

ネット用の動画を編集した『アンダードッグ』(日本、武正晴)は、長尺ながら、どの場面も印象的だ。 元日本ランク一位ながら、今ではすっかり精彩を欠き、妻子とは別居し、デリヘル運転手として生計を立てる男。それでも彼に挑みたい者たちはいた。売れない…

傑作の舞台裏

『シラノ・ド・ベルジュテックに会いたい!』(フランス・ベルギー、アレクシス=ミシャリク)で描かれるのは、歴史的舞台劇の誕生秘話。無名の詩人が名優の公演の劇作を任されるが、公演まで1か月もなく、役者はわがままで公演日までトラブル続き。それでも…

映されていないもの

偉大な指導者の厳粛な葬儀という名目で、東側各国の要人が訪れ、国民は嘆き悲しむ。理想が真実であり、飢餓も粛清もなければ、ふさわしい儀式であったろう。 『国葬』(オランダ・リトアニア、セルゲイ・ロズニツァ)は、スターリン死去直後に撮影された国策…

魂を抜けて

眠りと共に魂が抜け出して、狼になる。『ウルフウォーカー』(アイルランド・ルクセンブルク、トム・ムーア、ロス・スチュアート)は、アイルランド神話というモチーフの深みに加え、アニメとしての造形美も傑出している。城下町や森も、ただきれいなだけで…

作品としての退廃

セレブのスキャンダルを暴露したカポーティの遺作『叶えられた祈り』の残りの原稿は、いまだに見つかっていない。関係者の証言からも決定的なものは得られていない。 ドキュメンタリー『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』(米国・英国、イーブス・バー…

世界の体験

ナチのホロコーストを逃れた少年にとって、疎開先もまた、安住の地ではなかった。モノクロの映像詩『異端の鳥』(チェコ・スロバキア・ウクライナ、バーツラフ・マルホウル)は、旅路の試練が、悲惨なエピソードの連続によって語られる。差別、暴力……。少年…

ドラマの成立

現代版『街の灯』こと、『きみの瞳(め)が問いかけている』(日本、三木孝浩)は、視力を失った女と、刑務所上がりの元ボクサーの恋物語。設定が難しく、薄っぺらな感傷ドラマにもなりかねないが、丁寧な作りで好感の持てる出来になっている。

逮捕が可能だった時代

『刑事コロンボ 野望の果て』では、投票日間近の上院議員候補が、愛人との別れを強要する選挙参謀を殺害する。策におぼれるあまり、最後は墓穴を掘る分、視聴者は救われるだろう。 今日では、開き直って虚偽を続けたり、罪の自覚さえないまま、堂々と表舞台…

生きるための記憶

特別養子縁組にかかわった人々それぞれの事情。『朝が来る』(日本、河瀬直美)の主軸は、ミステリー的な筋立てではない。そうならざるを得なかった心の振動。思い出に刻まれた光景。彼女たちが生き続けるための記憶が、映像として残されているのである。

「改革」を唱える者

イデオロギーでもなければ、理念でもない。佐々木実『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』(講談社)でレポートされた人物が目指すのは、強い者のみが富と力を得る制度の普及だろう。行動原理には、現代の政治家トップ、あるいは一部の政治コメン…

最後までサスペンス

作品ごとにがらりとタイプを変える深田晃司。『本気のしるし 劇場版』(日本)は、漫画が原作の連続ドラマを劇場版に編集した。地味なサラリーマンが、踏切事故に遭いそうな女を救ったことからサスペンスが始まる。不可思議で謎めいた女に振り回されるが、彼…

彼女たちの星

部外者にとっては異質に見えても、信じている当人にとってみれば、とても切実なことかもしれない。『星の子』(日本、大森立嗣)の両親にとって、幼い娘の命を救った水は、信じるべきものであり、生きる糧だった。長女に愛想をつかされ、伯父や教師に否定さ…

制度を利用する側

『薬の神じゃない!』(中国、ウェン・ムーイエ)の薬屋店主は、安価な薬を密輸して、貧しい患者たちに売っていた。当局に見つけられて逮捕されるが、彼に救われた大勢の患者たちが、警察の車に乗せられた恩人を見送る。 制度改定前の実話である。当時は、認…

危険な人々

姪である著者が、米大統領一族について赤裸々につづった『世界で最も危険な男』(メアリー・トランプ、草野香ほか:訳、小学館)は、低次元の暴露本ではない。臨床心理学者の立場で叔父の人間性を解析したもので、人格の形成には親族が大いに関与したことも…

記録の意義

1950年代後半、「反右派闘争」の標的として罪を着せられ、収容所に強制送還された人たち。わずかな生存者が当時を語った。 8時間を超える『死霊魂』(フランス・スイス)。劇場向きとは言い難いが、ワン・ビンにとっての集大成である。 劣悪な環境のもと、飢…

グループの記録

コロナで春の上映が延期され、ようやく公開された『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』(日本、高橋栄樹)。結果として、センター平手友梨奈の脱退やグループの解散を追加することになった。 少女たちの危うさという、もっともらしいテーマでとらえる…

他者に対して

障害をかかえる者同士だからといって、円滑に付き合えるわけではない。症状がすべて個人差があり、受け止め方も対処法もまちまちだからだ。『友達やめた。』(日本、今村彩子)は、ろう者の監督が、アスペルガー症候群の友人との付き合いを撮影している。 長…

人間の居場所

重度な自閉症児を受け入れる唯一の場所は、無許可の施設であり、資格のないスタッフが働いていた。運営者や働き手に悪だくみをしようと考えている者は一人もいない。国や公共機関の保護対象にない自閉症児。これまでは、監禁されたり、薬で無反応にさせられ…

思い出の条件

亡くなった姉とのかかわりを、手紙の代筆者である娘を経由して、元恋人や妹がたどる。日本版『ラストレター』と大筋は同じでも、キャストや風景、トーンを変えることで、『チィファの手紙』(中国、岩井俊二)は、より自然で抑制の取れた味わいになっている…

あの頃少年たちは

1990年代のロサンゼルス。家で兄にいじめられている少年が、スケートボードに熱中する不良仲間に入り、一人前の気分に浸る。 少年たち個々の事情は背後に忍ばせたままだ。『mid90s ミッドナインティーズ』(米国、ジョナ・ヒル)は、当時の音楽にのせて疾走…

映像のファッション

ルームメートが突然シングルマザーとなり、女二人の快適な共同生活は一変。『Daughters(ドーターズ)』(日本、津田肇)は、そこからストーリーや人間関係をドラマティックにいじるということはしない。凝るのは、場面ごとの色彩や装飾だ。映像がファッショ…

境界線の演劇 

死体となった元夫。家出したはずの夫。彼らとかかわる妻もまた、存在自体があやふやだ。彼女の口内には海が広がり、歯が底にある。 前田司郎が得意とするあいまいな境界線を描いた五反田団『いきしたい』(こまばアゴラ劇場)は、コロナ対策とやらでわずか1…

9月29日 映画と音 映画的経験とは音の体感に他ならないが、観客が音そのものを意識することは少ない。『ようこそ映画音響の世界へ』(米国、ミッジ・コスティン)は、音の制作や歴史を細部まで紹介。音の形成過程を知れば、映画の見方は間違いなく変わる。

芸術としてのアニメ

『マロナの幻想的な物語り』(ルーマニア・フランス・ベルギー、アンカ・ダミアン)の雌犬は、混血を嫌われ、産まれてすぐ、飼い主から捨てられる。以来、曲芸師や建設作業員、少女などのもとで飼われるが、移り気な飼い主の下では、どこもしばらくいては、…

名演奏のように

舞台が米国最大の音楽フェスティバルとはいえ、あるいは、ルイ・アームストロング、セロニアス・モンク、チャック・ベリー、マヘリア・ジャクソンなど、伝説のミュージシャンが勢ぞろいしたとはいえ、それだけならば、あまたある音楽映像の一つにおさまるだ…

拾うべきもの

「れいわ新選組」の候補者で目立つのは、投手の山本太郎だけではなかった。女性装の大学教授をはじめ、派遣労働者のシングルマザー、コンビニの元オーナー、自然保護の運動家………。出自は千差万別だ。数と力の論理からは脱落する声を拾えるのが、政治の場だっ…

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