相手の事情

 引っ越し先のアパートには、布団を猛烈に音を立ててたたく隣人がいた。相応の理由があったが、執筆と子どもの世話に追われる主婦作家は、わからず、ののしるだけだった。

『ミセス・ノイズィ』(日本、天野千尋)の登場人物は、いずれも相手の事情が見えてない。従兄弟は騒音の動画をばらまいて、人儲けをたくらみ、夫は、面倒事を押し付けながら、他人事のようにふるまうだけだった。

 ありきたりの解釈は、暴力的な反応を引き起こすことさえある。ニュース化するマスコミや、面白がる視聴者は、当事者の表に出ない傷を決して知ろうとしない。

 子連れの彼女を追いまわすマスコミをどなったのは、かつて子どもを亡くしたことのある隣人だった。隣人だけが、苦境を察知したのである。

 主婦作家は、夫や子どもを連れて、アパートを出る羽目になったが、人間の理解を深めたおかげで、良質の小説を誕生させた。

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