2023-01-01から1年間の記事一覧

清廉なる作家像

批判もあろうが、作家は新憲法のもと、不戦であることに徹した自国の戦後を、一見、欧米に寄り添うスタンスを見せつつ、世界に向けて訴えた。障害とされる生命体の中にも、純粋なる魂を見出したことも事実であろう。『大江健三郎 ノーベル賞の旅』(NHK)で…

暗闇の時間

ほとんど暗闇の中で、電光が点滅し、かすかな音が聞こえる。電光の下で観客が輪になり、浮遊する文字を見つめている。空間で足を止めるのが、ごく短い時間であっても、『ダムタイプ 2022: remap』(アーティゾン美術館)は、濃密な余韻を残す。

健全な演劇

青森県のとある村に原発と廃棄物処理施設がある。そこに他国のスパイが侵入し、ミサイル発射の機会をうかがっている。渡辺源四郎商店『空に菜の花、地に鉞』(ザ・スズナリ)が取り扱うのは、日本のどこでも起きうる事態だ。今だからこそ取り入れるべきテー…

私小説家の供養

作品を通じて伝わる正直さで読者に共感を得ながらも、自己の演出と正体の不可解さを明るみにした私小説家。『魂を継ぐもの〜破滅の無頼派・西村賢太〜』(NHK)では、読者や編集者・知人の証言を紹介。作家に関するもっともらしい解釈を導きながらも、一層の…

現実としての高齢化社会

医療水準が高い半面、移民の受け入れ率が低い。こうした国において、高齢化は避けられない。サラ=ラブマン『超高齢化社会 日本が切り開く未来』(『ナショナル ジオグラフィック』4月号)が報告するのは、自治体や企業の対応だ。人的なネットワークだけでな…

陰の声

コロナ収束と共に、当時の政策や報道から置きざりにされた人のことは忘れ去れるだろう。雨宮処凛『祝祭の陰で 2020-2021』(岩波書店)には、コロナ対策の混乱と五輪開催の強行に踊らされた国で、災害や失業などによって窮地に立たされた人々の声が記録され…

表現の自由

『新潮』4月号では、「言論は自由か?」という特集が組まれ、ドキュメンタリー監督の大島新は、香港ほどの規制や身の危険を恐れる必要のない日本で、安倍政権発足以降、自己検閲によって、表現の自由が独裁国家並みに自由が制限されているという国際評価に触…

誰かの身を切る

元大阪府議会議員・尾辻かな子の『大阪で維新圧勝を招いたからくり』(『週刊金曜日』4月28日・5月5日合併号)では、1人区を激増させたうえ、候補者よりも党を前面に出すとこで、議席を増やした手法に言及している。多様性よりも少数の意向のみが反映される…

風土

落ち目のポルノスターが長年別居中だった妻のもとに帰る。やることと言えば、ドラッグを売りさばくか、ドーナツ店勤めの女子高生と浮気するぐらいしかない。それでも、『レッド・ロケット』(米国、ショーン・ベイカー)は、ただのジャンク映画で終わってい…

変化する音楽家

『スコラ 坂本龍一 音楽の学校』(NHK)でYMOのメンバーが語るのは、常に変化することだ。年を重ね、機材が進化するにつれ、先鋭的な音楽家であるほど、ありふれた境地とは別の方向に進んでいる。

少子化対策からこぼれたもの

誰もが子どもを産み育てないと願っているわけではない。朝日新聞(4月23日)のインタビューで、イスラエルの社会学者オルナ・ドーナトは、同国の出生率の高さは、出産を義務と強いる抑圧に結びついていると話す。多様な声が封じられているが、母性だけが人間…

町の日常

病の診断を控え、不安を抱きつつ、パリの町をさまよう若いシャンソン歌手。低予算、短期撮影という制約のなか、『5時から7時までのクレオ』(フランス・イタリア、アニエス・ヴァルダ)でスケッチされた町の人びとの何気ない日常に、生きることの魅力がある。

聖地の感覚

町の浄化をうたって、娼婦を次々に絞殺する男。聖地である一方、女性差別の絶えない地で、女性記者が犯人の行方を追う。実在の殺人鬼をモデルにした『聖地には蜘蛛が巣を張る』(デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランス、アリ・アッバシ)で、犯人は結…

殺す者と殺される者

妻を辱め、死に追いやった浪人。あるいは不義の妻をあの世に導かれて復讐の機会をうかがう浪人。両人とも、対決するのは、鍼医者とその相棒だ。『仕掛け人藤枝梅安2』(日本、河毛俊作)は、展開を急ぎすぎず、場面ごとに間合いを取ることで、殺す者と殺さ…

フィクションの輝き

新作が書けなくなり、妻ともすれ違うばかり。アシスタントや編集者ともぎくしゃくし、卑屈になった漫画家が休息を得るのは、女子大生の風俗嬢との時間にだけだ。浅野いにおの構築した原作は、いささか古風だが、竹中直人が監督した『零落』(日本)は、フィ…

人気政治家

成果の実態は問われない。やっている感だけが評価され、将来よりも目先のみが注目されるというのが、人気政治家だ。『妖怪の孫』(日本、内山雄人)の被写体は、岸信介の孫である。彼のような政治家を支持するのは、誰なのか。

不気味かわいい作品群

不気味かわいい絵柄の少女や動植物たち。『ヒグチユウコ展 CIRCUS FINAL END』(森アーツセンターギャラリー)には、およそ1500点も及ぶ少女や動植物の作品が、館内の隅々まで飾られている。旺盛な創作力は、好みの是非を越えて、観る者にエネルギーをもたら…

夭逝の画風

30歳で夭折し佐伯祐三の画風は、ブラマンクに一括されて以降、変容した。『佐伯祐三-自画像としての風景』(東京ステーションギャラリー)に出品されたのは生前の代表作だが、彼がもっと長生きしたならば、更に別の画風に転じていたかもしれない。

世紀末の画家

デフォルメされた人体だけではない。『レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才』(東京都美術館)では、ウィーン世紀末の同時期に生きた画家の作品を並列することで、貧富や戦争、疫病に翻弄された繊細な芸術家の内面を浮き彫りにして…

国の良心

同時多発テロ被害者への補償金分配に政府が着手したが、収入によって支払額が異なることに遺族の団体が異議を唱える。効率と現実性を優先させようとした弁護士は、遺族それぞれの事情を知るにつれ、器械的な数値分析では果たせない救済の不足点を知る。 実話…

失われた暮らし

オタール・イオセリアーニの『そして光ありき』(フランス・イタリア・西ドイツ)は、セネガルが舞台。森で昔ながらの暮らしをするディオラ族が、土地を開発者に譲渡し、都会に移住してからは、かつて崇拝の対象だった木彫りの神を露店で売り物にしてしまう…

追悼の美声

ボカロもカバーもミュージカルもこなし、神田沙也加の歌い方は多様だ。追悼アルバム『LIBERTY ~memorial~』は、記念アルバムを入れ替えて再編集したものだが、声の美しさは、中毒を引き起こすだろう。

未解決の選択

曖昧状態は、「未解決」の継続である。それはアフリカにおける直線の国境と同じだ。しかし戦争を繰り返して多くの人が血を流し、少子化がさらに進み、疲弊し続け、地球環境を汚染し、温暖化に拍車がかかるより、曖昧さに踏みとどまる方がずっと賢い選択であ…

武力と外交

「武力を何のために持つのかというと、それは主として他の国と喧嘩をするときのためでしょう。もし喧嘩するような相手がいるのであれば、喧嘩をする前に、まずはどうしたら仲良くできるのか考えてみたらいい」 靖国問題の根底にある戦争被害の認識、アヘン戦…

ジャズ・アニメ

天才的なサックス奏者と、技巧にたけたピアニスト、努力家のドラマー。『BLUE GIANT』(日本、立川譲)は、古典的なジャズに挑む18歳のジャズメンが、まだ完成されていない頃の物語だ。映画の功績は、ジャズセッションの熱量と一体感を、アニメとして表現し…

里親探し

余命わずかのシングルファザーが、幼い子どもを連れて、里親候補の家を訪ねて回る。『いつかの君にもわかること』(イタリア・ルーマニア・英国、ウベルト・パゾリーニ)のほとんどは、父と子どもが触れ合う場面だ。手をつないで歩き、共に遊び、状況の分か…

麦と夫婦

武骨な男と、身体が不自由で子どもの産めない女。貧農の村で、家族からじゃまもの扱いのまま、中年になった二人が初めて夫婦となる。手作りの家に住み、麦を育て、家畜と暮らす。かたくなな態度を取りながら、かつて味わったことのなかった愛情をお互いに感…

高齢の疑似家族

高齢者向けの売春クラブが生まれたのは、決して不謹慎な理由ではなかった。かかわった人々が、伝統的な家族観に敗北したのが惜しまれるが、クラブにかかわる老若男女の群像劇『茶飲友達』(日本、外山文治)は、疑似家族の年齢層を広げた。

船の運命

渡辺源四郎商店『Auld Lang Syne』(こまばアゴラ)は擬人化された青函連絡船から、日本の近代史を浮き上がらせるシリーズの一編。 国産もあれば、外国産の建造もある。年月とともに、活動の場は変わった。その間、人や貨物を運ぶだけの役割から、武器の輸送…

いかなる状況でも

地上600メートルの鉄塔に取り残された二人の女。梯子が途切れ、電波はつながらず、リュックも落とし、ハゲタカにも襲われ……。『FALL』(英国・米国、スコット・マン)は、彼女たちだけの場面がほとんどだが、最後まで緊張感が途切れない。二人の間には、一人…

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