2011-01-01から1年間の記事一覧

社会派

「演劇もメディアの一つ。マスメディアからこぼれおちるものを描けるのではないかと思う」と語るのは劇作家・演出家の坂手洋二。……時事的なテーマを取り上げることが多いため社会派演劇などといわれるが、「社会派というと少し差別的に響く。欧米では社会派…

想定内

今回の大震災や原発事故は以前からありうることだと思っていた。なぜなら自然にも人間にも想定外はないからだ。 (丸山健二「自己を律し行き抜け」『日本経済新聞』1日夕刊) 危険性をかかえながら、平穏でいられるのは、偶然にすぎない。

言葉の核

一九七二年、朝日ジャーナルの記者だった川本三郎は、自衛官刺殺事件取材後の証憑隠滅で県警に逮捕され、新聞社を解雇された。 失態の負い目は、評論家に転じてからも、ずっとついて回った。 映画のこと、文学のこと、あるいはマンガのこと、さまざまな評論…

音の芸術家

テレビも映画も効果音があって当たり前という時代では、音響技師にスポットが当たることは少ない。 鉄腕アトムの足音などで知られる大野松雄は、音の魔術師であり、芸術家だ。 ひらめきによって音を創造し、現場と衝突しては場を去っていく。 彼は今どこにい…

バランス

『ブラック・スワン』(米国、ダーレン・アロノフスキー)では、バレリーナだけではなく、彼女の母も演出家も、狂気を持ち合わせている。 異常さを有しながらも、精神のバランスを保てば、生き続けることができる。 ヒロインは、舞台上で境界線を越えてしま…

空間

下町の印刷所の一家が、謎の男を家に住まわせたことで、均衡を崩していく。 『歓待』(日本、深田晃司)は、劇団・青年団のスタッフ・キャストを中心に、演劇的素材を演劇的空間で処理することで、人間喜劇を実感させる。 だが、男の脅威は、映画の空間にま…

戦争と芸術

悲惨でありながら美しく、冷徹でありながら情熱を内に秘めている。 戦争映画でありながら芸術映画であるというのは、人道という面からすれば、危険な要素もあるが、『戦火のナージャ』(ロシア)は、ニキータ・ミハルコフの手腕によって、危うさから逃れてい…

依存者

アニメ『ファンタスティックMr.FOX』(米国・英国、ウェス・アンダーソン)の人形たちは、愛らしいというよりも、奇妙。 人間に居場所を奪われた彼らが、独立して生きるというのではなく、人間の食料を奪いながら生き続けるというのも、不気味なリアリティー…

事故の責任

たとえばある工学者がある構造物を設計したのがその設計に若干の欠陥があってそれが倒壊し、そのためにひとがおおぜい死傷したとする。そうした場合に、その設計者が引責辞職してしまうかないし切腹して死んでしまえば、それで責めをふさいだというのはどう…

終わらない日常

ドキュメンタリー『ショージとタカオ』(日本、井出洋子)では、強盗殺人犯として逮捕され、29年後に仮釈放された二人の男が、仕事を見つけ、日常生活に復帰する。 規律を遵守していれば、食うに事欠かない刑務所内と違い、外の世界は、自らの責任で活動し、…

交流

別居中の親子が久しぶりに交流する。 俳優の父と11歳の娘。日光浴や卓球を楽しむ。 やがて、別れのときが……。 『SOMEWHERE』(米国、ソフィア・コッポラ)には、ストーリー中心のドラマとは質の違う心地よさと、寂しさがある。

小説の変革

小説は、そもそも書くのにも読むのにも、とても時間がかかるものなのだった。目の前の出来事にたいしては即効性を発揮できないかもしれないけれど、それでも、そのぶん時間をかけてゆっくりと人の深いところに降りてゆき、本人にも気づかれないような静けさ…

自粛

「純粋な鎮魂の気持ちを、自粛って方向で、ひょいって簡単に解決されちゃうのがおもしろくねえんだ。なぜ東北の人たちがあんなに死んでオレが生き残ったんだ、何をすればいい、わからない、っていう迷いを持ち続け、ひとりひとりが己なりのやり方を探すのが…

家族の力

薬物中毒の兄、たかり屋の母……。才能のあるプロボクサー、ミッキー・ウォードにとって、家族は負担でしかない。だが、チャンピオンを勝ち取った原動力も、家族だった。 実在のボクシング一家を物語る『ザ・ファイター』(米国、デヴィッド・O・ラッセル)に…

人間も世界も

既成作品の成功を真似てうまく書こうとするからつまらないものにしかならない。小説のおもしろさは、うまさや完成度にあるのではなく、不器用さや不格好さにあり、そこに作者の試行錯誤の痕跡がある。試行錯誤とは楽観的思考の形跡のことであり、芸術のその…

本物の言葉

大震災以来、「言葉を失いました」とか、(この惨状を前に)「言葉もありません」というのが多くの人の合言葉となった。 だが、どのような場合にも、言葉を見つけ出してなにかを言うのが、もの書きの因果な宿命なのである。(岡井隆「大震災後に一歌人の思っ…

言葉ではなく

少女と老手品師の甘く辛い触れ合いを描くアニメ『イリュージョニスト』(英国・フランス、シルヴァン=ショメ)。 魅惑的な背景画が、見る者を陶酔させる。ホテル・丘・田園・店・通りなど、二人の歩く場すべてが、はかない人生を補うべく、美しさを誇ってい…

文学の力

震災後、佐伯一麦は仙台のマンションで語った。 月も星もそう。変わらないものを見つめて、日常を取り戻していくしかないのかもしれません。それを描くのが文学の仕事なんだと思います。(『朝日新聞』4日朝刊) 文学には、今現在うしなわれたものを、再生す…

災難こそ人生

一難去ってもまた一難。『シリアスマン』(米国、コーエン兄弟)のユダヤ人、大学教授には、家庭でも職場でも、次々と災難が降りかかる。 極端な人生が絵空事とは思えないのは、われわれの人生も、同じだからだ。 それでも、生きていられるだけ、ましなのか…

記憶の集積法

大正9年8月、柳田国男は大震災で被害を受けた三陸海岸の村や町を歩いた。その折、柳田が書いたエッセイの内容を民俗学者の赤坂憲雄が紹介している。 大津波についての文字なき記録は、「話になるような話」だけが繰り返され、濃厚に語り継がれているうちに、…

とどまる

『神々と男たち』(フランス、グザヴィエ・ヴォーヴォワ)は、実在の事件がモチーフになっている。 アルジェリアの小さな村の修道院。フランス人修道士たちは、内戦が勃発しても、村に残留し、村人との交流を続けた。異教徒やテロであろうと、訪れた者には、…

往きと還り

親鸞は「人間には往きと還りがある」と言っています。「往き」のときには、道ばたに病気や貧乏で困っている人がいても、自分のなすべきことをするために歩みを進めればいい。しかしそれを終えて帰ってくる「還り」には、どんな種類の問題でも、すべてを包括…

世界があるために

新聞に載った小さな記事や日常の出来事に、外からは予想もつかない大きな記憶が蘇る人がいるということだ。人それぞれが持つ時間の厚みが世界の凹凸や濃淡となる。人間が存在するかぎり世界は決して均質でのっぺりしたものにはならない。 (保坂和志「私の収…

闇を逃れても

いつ終わるかどうかわからない大停電。人は消え、衣服だけが道端に残っている。 『リセット』(米国、ブラッド・アンダーソン)のラストでは、唯一生き残った少年少女の存在が、かすかな希望をいだかせる。 だが、これから先は、彼らだけで生き抜かなければな…

危機管理

ヒトヨシ 大噴火がおこったからと言って、どこへ逃げられる。 ノリヘイ そこだ! やっと聞いてくれたか。そこだ! そこなんだ! 問題は。ひとたび噴火すれば、どこへも逃げられない。たとえ逃げて助かったところで、ここは火山の灰だらけ。今よりもっと食え…

見えたあとで

津波に飲み込まれて一命を取り留めたジャーナリストも、死者の声を聞き取れる霊能者も、常人には見えないものが見えてしまうがゆえの苦労がある。 だが、見えてしまったものを受け止めつつ、こちら側の世界で生き続ける方法もあるはずである。 『ヒア アフタ…

執念

『悪魔を見た』(韓国、キム=ジウン)の男は、婚約者を殺された恨みを晴らすため、猟奇殺人犯を一撃で殺さず、何度も逃がしては執拗にいたぶる。相手が一番堪える方法を貫くのが最大の復讐だと信じて疑わない。 男の異様な執念も、猟奇殺人犯に匹敵する不気…

国王たるために

国王とて人間であり、常人が持つような欠点を持つのも不思議ではない。それでも、立場上、克服しなければならない。 『英国王のスピーチ』(英国・オーストラリア、トム・フーパー)では、ジョージ6世が吃音の矯正を迫られた。指南役を引き受けたのは役者崩れ…

毒には毒

『アンチクライスト』(デンマーク・ドイツ・フランス・スウェーデン・イタリア・ポーランド、ラース・フォン・トリアー)は、トリアー節が炸裂する。 息子をなくした妻も、彼女を治療するセラピストの夫も、自分を極端なほど追い詰め、残酷な結末を導き出す。 …

教育的指導

『平成ジレンマ』(日本、齊藤潤一)の戸塚宏は、大義を自認している。現実社会に人間をはめこむためには、戸塚ヨットスクールのようなスパルタ教育が有効と考えているからである。 戸塚の発想は、決して特別なものではない。弱い人間を見下し、正そうとする…

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