歴史という詩

一族の歴史は、国家の歴史でもある。『ハイゼ家百年』(ドイツ・オーストリア、トーマス=ハイゼ)は、監督が自身の家族の日記や手紙、写真にナレーションを重ね、戦争から冷戦を経て、壁崩壊後に至る変遷を3時間半余りのモノクロ映像で映し出す。 歴史を俯…

ゆるい町

古本屋・古着屋・ライブハウス・喫茶店。『街の上で』(日本、今泉力哉)は、町に暮らす青年と女たちの微妙なかかわりを綴る。エピソードもセリフも、ひたすら日常的で、ひたすらゆるい。その心地よさが、舞台となった下北沢の味わいでもある。

山の教室

教員が村人に尊敬され、子どもたちから待ち望まれる世界。標高4800メートルの奥地にある村に赴任した教員が、夢も野心もある若者ではなく、人生の辛酸を味わった高齢者ならば、冬を迎えても、その地にとどまったろう。青年教師と子どもたちの触れ合いを綴っ…

平凡な作家

林真理子の『女文士』(新潮文庫)は、決して有名ではない作家・眞杉静枝の評伝である。どれだけスキャンダラスに語られようと、眞杉自身は、同時代の辛辣な作家と比べれば、さほど異常ではなく、むしろ平凡と言ってもよい。上昇志向もあり、実際に成功した…

コロナ脳からの離脱

インフルエンザとの差異や、国情を無視した過剰で的外れな政策と報道は、コロナの間接的被害と損失を増大させた。ウイルス学者・宮沢孝幸と漫画家・小林よしのりの対談『コロナ脳 日本人はデマに殺される』では、コロナ脳から離脱すべく、実状が明かされてい…

異世界の目

韓国人一家が米国の南部で畑づくりにいそしむ『ミナリ』(米国、リー・アイザック・チョン)。郷愁の漂いがちな白人移民の物語とは違う新鮮味がある。自国の歴史を異世界の人間に語らせると、思いがけない収穫があるものだ。

変愛の愉しみ

予備校では教え子の女子高生だが、恋愛に関しては講師への指南役。『まともじゃないのは君も一緒』(日本、前田弘二)は、一風変わった男女の恋愛喜劇だ。ウディ=アレンやエリック=ロメールを連想させる軽妙な展開はもちろん、二枚目でありながら、変わり…

希望の家

『サンドラの小さな家』(アイルランド・イギリス)は、有能でタフな女性のサクセスストーリーではない。不器用で社会制度からも外された女が、大勢の協力者の手によって、夢を手にしようとする物語である。 暴力的な夫と離れて子どもたちと貧しい暮らしをす…

彼女の背負ったもの

『野球少女』(韓国、チェ・ユンテ)は、女子として、初のプロ野球選手を目指す高校生の物語。母親に反対されながらも、挫折したコーチや幼なじみのチームメートの支えによって、ひたむきに練習して、プロテストに挑む物語だけなら、定番のドラマに終わるだ…

異様な再現

研究都市を再建し、大勢のキャストを使ってソ連全体主義を再現するという巨大プロジェクト。KGB出身者までもキャストに加えた『DAU.ナターシャ』(ドイツ・ウクライナ・イギリス・ロシア、イリヤ・フルジャノフスキー、エカテリーナ・エルテリ)は、もはや映…

彼女たちの共存

家柄も生き方も正反対の女たち。共通点は、同じ男と関係を持ったことだ。ところが、『あのこは貴族』(日本、岨手由貴子)の二人は、衝突するのではなく、共存関係を保つようになる。分断ではない道筋。家の伝統を受け継いだだけの元恋人にも、彼女たちの生…

ノマドの詩人

車上生活者のノンフィクションが原作だが、『ノマドランド』(米国、クロエ・ジャオ)は、夫を亡くし、閉鎖された町を去って放浪する60代の主人公に加え、現実のノマド(遊牧民)たちをキャストに加えている。 自由でありながら厳しい生活。仲間とつながりな…

無理解への抵抗

カミュの『異邦人』でアラブ人に発砲せざるを得なかったムルソーの言動は、当事者であれば、決して不自然ではないが、裁判官や検察官は何ら理解しない。この種の無理解は、現代のメディアや消費者にも見受けられる。 完全版として久しぶりに上映された映画版…

物語の継続

ユーリー・ノルシュテインやかつての新海誠のように、アニメを一人で完結させるのではなく、劇場大作として、大勢のスタッフを使いつつ、自分の姿をダイレクトに投影させるは難しい。『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』(日本、庵野秀明)は、それを商業映…

人質にされたとき

実話をもとにした『ある人質 生還までの398日』(デンマーク・スウェーデン・ノルウェー、ニールス・アルデン・オプレブ)は、IS国で人質にされた青年写真家の過酷な監禁生活と救出だけで、ドラマをまとめるのではない。身代金集めに奔走する家族や、殺害さ…

世界の調和

『世界で一番しあわせな食堂』(フィンランド・英国・中国、ミカ・カウリスマキ) フィンランドの食堂店に、中国人の料理人親子がやってくる。子どもから老人まで、快適に見える北欧の山村と、味と効能にたけた中国料理。もはや、世界は調和の時代だ。女店主…

怒りは去ったのか

2020年11月の段階で、米国を代表するジャーナリスト、ボブ・ウッドワードは、トランプと政界関係者の厖大なインタビューをもとにした著書『RAGE 怒り』(日本経済出版)で、トランプの業績を判断し、重職には不適格と結論付けている。説明能力のないトランプ…

師匠説

エッセイでもなければ、評論でもない。『会いに行って 静流藤娘紀行』(講談社)は、師と仰ぐ藤枝静男に笙野頼子がささげた「師匠説」だ。 志賀直哉的な強さのない作家。残された小説や手紙からは、男性性に甘んじたり、戦争を肯定する勇ましさはない。性差…

奇妙なホラー

得体の知れないがゆえに底知れぬ怖さをもたらす警備員。理由不明な殺人を犯す一方、女性社員の落としたイヤリングを身に着ける。冷酷な殺人鬼ではあるが、ビルの社員全員を残さず始末するような徹底さはない。そんな混とぶりも、黒沢清流の不可解さと言えよ…

すばらしき堅気

佐木隆三の原作執筆時よりも、現代のヤクザは、『すばらしき世界』(日本、西川美和)に描かれるように、より生きづらい立場にある。ヤクザ的な世界でなければ、肌に合わず、自分を活かせぬ人々もいるはずだ。 堅気の人との境界線を引き、すみわけをすればい…

戦死の意味

戦後の八月についてのインタビューで、加藤典洋は、吉田満『戦艦大和ノ最期』に書かれた大尉の言葉を取り上げる。 意味のない作戦で死ぬことにどんな意味があるのか、話し合う若い士官たちに向けて、大尉は告げた。進歩のない者がどうなるか。身をもって無意…

彼女の決断

『わたしの叔父さん』(デンマーク、フラレ・ピーダセン)の女は、叔父と二人暮らしで酪農を営んでいる。叔父は体が不自由で、まだ若い姪は、いずれは自立して家を出るというのが通常の展開だろう。ところが、この映画では、恋人が彼女に言い寄ったり、獣医…

マスクをつけるとき

家族以外と話すときは、マスクをつける。宮藤官九郎・脚本『俺の家の話』(TBS)は、ドラマであっても、もはやそんな状態だ。とはいえ、この家族には、金目的の偽装婚約者や、腹違いの子どもがいて、家族とは何かを一層考えさせる。能楽師の身分を偽ってプロ…

公と民

公営で行なうべきものを民営にしたらどうなるか。救急隊を営む一家の日々を追う『ミッドナイト・ファミリー』(米国・メキシコ、ルーク・ローレンツェン) は、救急車の少ない都市においては、民営の救急隊も必要である一方、ひずみも招かざるを得ない現実を…

時代の流れ

昨今では、終電を逃しても飲み屋でだべったり、街の中で元恋人の素顔と再会したりといったような体験は、もはや成立しにくくなっている。2015年から2020年の時代を背景に男女の恋愛の誕生から喪失を綴る『花束みたいな恋をした』(日本、土井裕泰)の楽しみ…

人間の政治

二人の報道記者による地方議員の不正報道は、ジャーナリストにふさわしい功績だが、ドキュメンタリー『はりぼて』(日本、五百旗頭幸男・砂沢智史)の面白さは、議員たちのあまりにせこい罪と、小物ならではの人間的な反応だ。罪を認めず、まともな会見も避…

人類のテスト

ウイルスなしには人類は生存できなかった。例えば、ヒトやほかの霊長類のゲノムに含まれるウイルス由来のDNA断片なしには、妊娠が成り立たない。陸生動物の遺伝子に含まれるウイルス由来のDNA断片は、記憶にとって重要な役割を果たしている。ほかにも、胚の…

映画の時間認識

蓮實重彦は、映画が映画であるために、的確なショットへのこだわりと共に、時間の意識にも苦言を呈する。 語るべき物語のためにどれだけの時間が必要かという問いに、たえず敏感であるべきだと思います。……実際、現代においても、まともな映画作家のほとんど…

昭和の最後から

再演となる青年団『眠れない夜なんてない』(吉祥寺シアター)は、2008年初演時にはなかった「昭和の最後の日」を設定に加えられたことで、同様に自粛ムードの広がっていた時代と今の何が違うかということと、何がつながっているかが見えてくる。 当時、日本…

物として

データではなく、物として手元に置くことの魅力。曲の中身はもちろん大事だが、それ以外の趣向にも作り手の誠意が現れる。

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