国葬

歴史的な評価や国民の合意が定まらぬまま、実行された儀式。『国葬の日』(日本、大島新)は、元首相の式典が開催された日に、事件現場の奈良、地元の下関、被災地の福島、基地問題で揺れる沖縄など、各地の人々を記録した。 国葬の何が問題なのか、認識する…

自然体

物書きになりたかったわけではない。体系的に材料を集めたわけでもない。『こんな感じで書いてます』(新潮社)は、会社勤めのかたわら、片手間にやっていた執筆を正業にした自然体の活動歴が綴られている。 友だちに語るように、書いてきた。原稿料で生計を…

国民の不平等

すべての老人が年金暮らしで悠々自適に暮らせるというわけではない。平舘英明『「人生100年時代」は幸福なのか』(『週刊金曜日』9月22日号)では、貯金や年金の少ない層が、長生きすることで、かえって生活苦にあえぐという現実が報告されている。現役時代…

母さんの恋

時代に合わせて、様々な恋愛を描く山田洋次。『こんにちは、母さん』(日本)では、高齢の母が、リストラや娘との関係に悩む息子をよそに、近隣の神父に思いを寄せる。結局、思いがかなわないとはいえ、ときめくことでの初々しさや微笑ましさは、年を超えた…

ゲームの技術

実際の運転経験がほとんどないゲームオタクがプロレーサーとなり、世界的なレースで表彰台に上がる。実話をもとにした『グランツーリスモ』(米国、ニール・ブロムカンプ)では、青年がいきなりプロデビューするわけではなく、綿密に設定された訓練課程が紹…

状況追随

状況追随型の政治は、突発的な事態や、長期的な視野を要求されない限りは、大きな失策をせずに持ちこたえられる。朝日新聞政治部『鵺の政権』(朝日新書)でたどるのは、何をやりたいのかわからない岸田政権の軌跡だ。増税や説明不足を巡って、政府を転覆さ…

群衆 

関東大震災直後、暴動を恐れた村人が、行商人の一団を朝鮮人と勘違いし、無差別に視察する。民主的な村長も、血気盛んな群衆の前では、何の抵抗力もない。 お国のため、家族のためという大義名分の前には、報道がデマかどうかなど、問題にはされない。群像劇…

漆器

兄が海外で同性婚をするという話を除けば、『バカ塗りの娘』(日本、鶴岡慧子)は、ありふれた家族の物語かも知れない。けれども、日々の暮らしの中で、一番生き生きしているのは、伝統工芸・津軽塗を手がける場面だ。 漆を塗っては研ぎ、いくつもの色を重ね…

過去と未来

ホロコーストの傷跡が残るのは当事者だけではない。運よく死を逃れた者も、その後の影響から、遠ざかることはできない。短篇集『アントンが飛ばした鳩』(バーナード・ゴットフリード、柴田元幸・広岡杏子:訳、白水社)では、ポーランドのユダヤ人家庭に生…

少女の死

まじめな女子高校生が実習生として勤めたコールセンターは、いわゆるブラック企業だった。学校にも両親にも彼女の訴えは理解されず、周囲の利害関係も絡んで追い込まれた彼女は、命を絶つしかなかった。ダンス仲間だった女性刑事は、少女真の問題として片づ…

人柄

破滅型ではないロックミュージシャンの夫婦は、家庭生活や交流でも人を幸せにした。『シーナ&ロケッツ 鮎川誠 ロックと家族の絆』(日本、寺井到)では、家族や音楽関係者との交流が、バンド結成以前から、彼らの死まで公開されている。ステージだけではな…

文明の想像

スペインに侵攻されるまで、栄華を誇った古代文明。『特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン』(東京国立博物館 平成館)で展示された造形物から、農業国家として生き抜いた人々の世界観をどこまで想像できるか。

大義名分の爆撃

第2次大戦下、ナチス打破の掛け声の下、連合軍は特定地域への大量爆撃を実施。軍需工場が標的と言っても、実際に破壊したのは、市街だ。損害を受けたのは、住民や建物だった。工場で爆弾や戦闘機を作る労働者は、大義名分のもと、大勢の犠牲者が出ることなど…

母と娘、そして

娘たちの前で、果物を切る。かつて住んでいた家を訪ねると、物が放置されたままだ。 亡き夫の遺品や命を絶った長女のフィルムを前に、心境を語るジェーン・バーキン。娘のシャルロット・ゲンズブールが監督した『ジェーンとシャルロット』(フランス)では、…

院内のようでいて 

テレビドラマをつないだものだが、劇場で見れば、3編合計で15時間を超える。夢遊病患者が、病院の呪いを解こうとする最終編『キングダム エクソダス〈脱出〉』(デンマーク、ラース・フォン・トリアー)には、旧作を踏襲する人物や、その親族もいる。ほとん…

構成の妙

クリスマス前夜までのロンドンで進行する複数の物語。カップルのタイプがそれぞれ違い、しゃれっ気があっても、羽目を外しすぎることはない。亀裂しそうな夫婦のエピソードも交えて、アクセントをつけ、クライマックスではカップル同士が遭遇する。『ラブ・…

現代アートの開放性

現代アートという枠組みがなければ、火薬を使ったドローイングやパフォーマンスは、単なる奇行と受け止められて終わるかもしれない。『蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる』(新国立美術館)が、時空を超えて広がるのは、アートという開放的なジャンルの…

絵画の風景

『デイヴィッド・ホックニー展』(東京都現代美術館)の展示品の中でも、ひときわ目立つのが、ノルマンディーの風景だ。写真や映像とは違う色合いと鮮明さ。絵としての心地よさがある。

多面的

オートバイによる崖からの落下がクライマックスかと思いきや、最後は車両ごとに落ちていく列車から脱出する。『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』(米国、クリストファー=マッカリー)は、年齢を感じさせぬトム・クルーズの身体能力…

作風

架空の経営者を仕立てて、責任を押し付けてきたIT企業の実質経営者は、身売りを進めるため、売れない役者を社長に仕立てて、交渉する。内情を知らない役者は、従業員に情がわいて、身売りをとん挫させようとするが……。 『ボス・オブ・イット・オール』(デン…

美術館の事情

展示品の買い付け、運搬、状態維持、予算の仕組み……。欧米美術館のドキュメンタリーにおいて、あまり取り上げられなかった裏事情が、『わたしたちの国立西洋美術館』(日本、大墻敦)で紹介される。企画のち密な準備や、館員や運送業者の真摯な活動を知れば…

AIと人間

意味を理解せぬまま、わかったようにふるまう。間違いもある。今井むつみ×川添愛『わかりたいひととわかっているふりをするAI』(『世界』7月号)では、チャットGPTの問題点が指摘されている。 AIの使い方には個々の力が試されるだろうし、どう使うかを問う…

いやらしさの俯瞰

屋根のない家々を俯瞰し、家畜のような人間たちの行状をナレーターが解説する。『ドッグヴィル』(デンマーク、ラース・フォン・トリア)もまた、無垢な女の物語だが、ギャングに追われて、小さな村に潜入した彼女は、鎖をはめられたうえ、どれだけ村人に酷…

構築者の境地

過大な広告を避け、予備知識抜きに見ることを迫った『君たちはどう生きるか』(日本)。題材といい、表現といい、宮崎駿の総集編とも言うべきものが、わかりやすくちりばめられている。素材をどのように置き換え、自分のものとして発展させるか。フィクショ…

鬼才の奇跡

事故で全身まひに陥った夫を愛し、身体が不自由な彼の代わりに別の男と関係を持てという要求さえ、ひたすら実行する。純粋で無垢でありすぎるほど、信仰心が厚い。 『奇跡の海』(デンマーク、ラース・フォン・トリアー)は、彼女を通して、教会の偽善や周囲…

映画の飛躍

親とは不仲で、祖母からは家の恥と責められる。夫はまともに働くことなく、暴力をふるう。幼い子どもを食べさせるにも、未成年で金を稼ぐのは、体を売るか、違法なキャバで働くのみ。『遠いところ』(日本、工藤将亮)の舞台は沖縄のコザだが、どの地でもあ…

浪曲の情

『絶唱浪曲ストーリー』(日本、川上アチカ)は、新人浪曲師の名披露目までを追うドキュメンタリー。ラップやブルースのような浪曲の魅力に加え、大ベテランの浪曲師と曲線の愛情が、心にしみる。

現代向け人魚姫

批評家には受けなかった実写版『リトル・マーメイド』(米国、ロブ・マーシャル)だが、現代の多様に合わせ、人魚姫の一家をはじめとするキャラクターが配慮され、ミュージカルとしてのバランスもとれている。海も歌声も美しく、好感の持てる一編だ。

シングルマザーの救い

宝くじの懸賞金を使い果たしたシングルマザーが、その後も酒と怠け癖から抜け切れない。離れて暮らす息子にも、地元の仲間からも疎んじられる。 『To Leslie トゥ・レスリー』(米国、マイケル・モリス)は、彼女のダメっぷりが痛々しいが、モーテル経営者ら…

農村の戦争

爆風で家の壁に大穴が開いた。上空では民間機が撃墜された。出産を控え、国境近くの農村でつつましく暮らす夫婦の生活も、戦争から遠ざかることはできない。 2014年のウクライナ、ドネツク州を舞台にした『世界が引き裂かれる時』(ウクライナ・トルコ、マリ…

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