2010-01-01から1年間の記事一覧

小説と美談

小説はもともと美談を好まない。百万円はいつてゐる財布を拾って交番に届けました、なんて話は書かない。書いたつていいけれど、誰も読まない。彼と彼女は結婚して、一夫一婦制の伝統の確立のため努力して一生を終へました、なんて話は書かない。むしろ逆の…

歴史のバトン

倉本聰の脚本によるドラマ『歸國(きこく)』(TBS)では、南海で玉砕した英霊たちが、終戦記念日に東京を訪れ、変わり果てた日本の姿を嘆き悲しむ。 劇中の英霊たちは、戦時の日本人こそが正しく、現代の日本人こそが誤まっているという主張に固執している。…

希望の心得

未来社を経て、影書房を設立した編集者の松本昌次は、現代の出版界を危惧する。 変な希望は持たないほうがいいというのは、たとえばわたしが十代だった戦争中の経験でもあるんです。その時代は、まちがってはいたけれど、少なくとも希望を持っていたわけです…

生きている間

年齢と共に、実作者としての活動量が減っても、藤子 不二雄Aの情熱は衰えを知らない。エッセイ漫画『PARマンの情熱的な日々 漫画家人生途中下車編』(集英社)では、パーティー、ゴルフ、散策など、生きている間を目一杯楽しもうと、精力的に動き回る日…

持続力の源泉

大作『七人の侍』を完成させるには、情熱と昂奮状態を長期間持続する必要があった。 『黒澤明「七人の侍」創作ノート』 (文藝春秋)のあとがきで、解説担当者の野上照代は、黒澤の言葉を回顧する。 黒澤監督はたしかにこう言っていた。 「一時的に爆発する…

自殺は罪か

『カラフル』(日本、原恵一)では、自殺した中学三年生が人生をやり直す。嫌っていた家族や学校仲間が、彼を大事に思っていたことを知り、自殺が罪だったと悟る。 感動を覚えつつも、ちょっと待てよと感じる観客がいるかもしれない。 母の不倫、女友達の援…

指南の裏側

リメイク版『ベスト・キッド』(米国・中国、ハラルド・ズワルト) は、武術指南者を日本人から中国人に変えている。米国人少年にカンフーを教える重要な役だが、米国の経済事情が反映されているのだろう。 オリジナル版製作の1984年当時、米国にとって重要な…

ある教室

『パリ20区、僕たちのクラス』(フランス、ローラン・カンテ)は、中学教師と生徒の対立を、まるでドキュメンタリーかのようなリアルさで描く。 移民たちの子供は、フランス人教師にことごとく反抗的であり、敬意のカケラもない。保護者ともども、辛らつな…

間は大事だなって思うのは、料理番組でさ、最近多いのが、変なねえちゃんが……。料理がくるまでポカーンとしてたり、店の中いろんなとこ見てたり、水飲んだり、ワインちょっとのんだりして、その間があればうまく見えると思うんだよね、出てきた料理が。でも…

喜劇!

学校を首にされ、夫は記憶を失い、妻は片足を切断。あげくは、火事で家をなくし、二人は離れ離れに……。 悲劇にしかなりえないような『ルンバ!』(ベルギー・フランス、ドミニク・アベル、フィオナ・ゴードン、ブルーノ・ロミ)だが、それをほのぼのとしたも…

どん底に落ちても

金が乏しく、宿もない。働く気力もない。母と二人で、あちこち借金をしては、住処を転々とし、どんどん弱っていく。 『のけ者』(エマニュエル・ボーヴ、渋谷豊・訳、白水社)は、悲惨な話なのに、なぜか微笑ましい。 どん底に落ちても、開き直ってしまえば、明…

死刑の許容

千葉法相発言と各紙報道には「死刑囚の中に冤罪の人がいるのではないか」との視点がない。 (浅野健一「人権とメディア」『週刊金曜日』5日号) 『BOX 袴田事件 命とは』(日本、高橋伴明)は、袴田巌の死刑判決に加担した主任判事・熊本典道が、冤罪立証に…

物語の崩壊

書道、神話、カルト宗教。野田地図『ザ・キャラクター』(東京芸術劇場)では、別個に見えたものが、時代を超えて結合する。 ある事件をモチーフにしても、ただ刺激することにはしたくなかったから、別の物語に変えて残せば消えにくいかもしれないと思って。…

無理解な断罪者

異文化を理解せず、最初から否定的な態度で迫られると、拒否反応を起こすのが自然な態度である。横暴な接触を続けられた漁民が、外国スタッフの撮影取材を拒むようになったのは、そのような経緯があったためだ。 『ザ・コーヴ』(米国、ルイ・シホヨス)では…

すべてが夢

潜在意識に産業スパイが入り込む『インセプション』(米国、クリストファー・ノーラン)。 仕掛けが凝っている割に緊迫感がないのは、どんなにスリルや謎がちりばめられていても、すべてが夢にすぎないからである。夢の中では、なにが起きても不思議ではない…

借りでない暮らし

監督こそ、若手の米林宏昌だが、『借りぐらしのアリエッティ』(日本)の脚本は、宮崎駿。にもかかわらず、家を追われたアリエッティが実にあっさりと引越ししてしまい、映画も終わってしまう。 自ら物を作るわけではなく、借り物で暮らしている限り、定住の場…

惨劇の発砲先

同列に近い仲間は疑って殺し合うが、上層部は決して疑わない。 『アウトレイジ』(日本、北野武)のヤクザたちは、間抜けな姿勢に徹している。だからこそ、残忍な抗争が、滑稽味を帯びるのだ。 グロテスクな惨劇の発泡先は、ヤクザではない。不信感を口にし…

何かが始まる

大統領選で不正がまかりとおり、抗議デモが発生したイラン。 『世界報道写真展2010』(東京都写真美術館)の写真には、政情不安定のなか、深夜の屋上から抗議の言葉を叫ぶ女性が写っている。 ピエトロ・マストゥルツォ(イタリア)のグランプリ受賞作は、「何か…

都市と怪物

簡素なたたずまいをしていながら、細部に目を凝らしてみると、そこにとてつもなく複雑な世界が隠されているというような都市を、つくりだしてみることはできないだろうか。現代の高度に管理された都市に、怪物的なものを生息させることのできる方法はないも…

作家と政治

発表前に小説の原稿を渡して、チェックを依頼するほど、ノーベル賞作家は、政治家を信頼していた。 二人の結びつきが、『絆と権力 ガルシア・マルケスとカストロ』(アンヘル・エステバン、ステファニー・パニチュリ、野谷文昭・訳、新潮社)に、詳述されて…

常識社会

大衆を利用する立場になった大相撲は、大衆の倫理観から逸脱することが不可能になった。力士にも社会常識が要求され、横綱には品格なるものが義務付けられる。 芸能の魅力というのは、一般の常識社会と離れたところの、遊びとしての魅力じゃないでしょうか。…

物語の発掘

はじめは自分のなかにドラマや物語性はないと思っていたから、何かありそうな場所を選んで、とにかく足もとを黙々と掘っていくしかなかった。それを続けているうちに、足腰が強くなって、物語をより多くより長く引っ張り出せるようになりました。その物語と…

ある結婚式

結婚式は新郎新婦のためだけの儀式ではない。親族や知人たちが久しぶりに対面する社交場だが、現況が喜ばしいものとはかぎらない。 弘前劇場『春の光』(アサヒ・アートスクエア)では、式の控え室で、郷里で暮らすことを娘が父に告げる。父の死が近いことを…

虐殺する者も

こまつ座の『組曲虐殺』(脚本:井上ひさし)は、小林多喜二の家族と特高のやりとりをミュージカル仕立てで描いている。 多喜二をしつように追及する特高は、冷徹なだけではない。情にもろく、苦労人だ。 虐殺する立場の者もまた、人間である。この悲喜劇の…

支配される者

沖縄人は、本土に利用されるばかりではない。本土を利用もしている。 佐野眞一『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(集英社インターナショナル)では、ヤクザ・政治・経済・芸能などの世界の恐持てでエネルギッシュな人間たちが紹介されている。 だか…

密約の責任

沖縄返還の代償として、日本が米国に提案した密約は、結果として、基地の固定化を招く事態になった。提言者だった大学教授は、返還から24年後、責任を感じて命を絶つ。 『密使 若泉敬 沖縄返還の代償』(教育テレビ)で、密約以降、罪の 意識が消えなかった…

美学

娘のための復讐。広場のゴミ捨て場。 ジョニー・トーは、単純な復讐劇をそう思わせず、画にならないような場を画にしてしまう。 『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』(フランス・香港)に込められたトーの美学は、タイトルの臭さを払拭する。

心構え

Uターンしたところで、安定した生活が待っているというわけではない。『川の底からこんにちは』(日本、石井裕也)の佐和子も、都会生活になんの希望も持てず、実家のシジミ工場を継ぐことになったが、工場は経営悪化の一途をたどっていた。 帰るべき家があ…

二元論

世界は二元論で解明できるものではない。 善玉と悪玉が対立し、共闘する『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』(日本、三池崇史)は、滑稽劇ではあるが、世界の現実と距離がある。

おもしろい本

あんまりおもしろい本に出合ってしまうと、読みながら私はよく考える。もしこの本が世界に存在しなかったら、いったいどうしていただろう。世界はなんにも言っちゃいないだろうが、けれど、この本がなかったら、その本に出合えなかったら、確実に私の見る世…

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