2010-01-01から1年間の記事一覧

甘え

母に逃げられ、夜になると泣き続ける父。家に引きこもって本を読み続ける娘。父娘の暮らす家にやってくる人間たちも、特異な感覚の持ち主だ。 劇団、本谷有希子の演劇『甘え』(青山円形劇場)は、感覚を理解させるのに説明的なセリフに頼りすぎており、劇の…

明るい老後

寿命が延びるのも、いいことばかりではない。体力も財力も衰えたなか、生きていくのには相当な苦労があろう。 『春との旅』(日本、小林政広)の老人は、足が不自由。世話役の孫娘が職探しで東京に行くことになり、居場所を求めて身内を訪ね歩くが、ことごと…

新しさ

乱歩賞の司会を務めた池井戸潤が、最終予選に残った作品のレベルを明かしている。 テレビドラマのパクリあり、既存作家の物まねあり、陳腐なトリック有り……。一般の人たちが思っているほど、新人賞に応募してくる作品のレベルは高くない。むしろ、低い。(日…

虚構

耳も聞こえず、口も利けない店主。経営するカフェ「沈黙亭」に、いわくありげな人間たちが集まる。 『沈黙亭のあかり』(俳優座、紀伊國屋ホール)のアフタートークで、作者の山田太一は、ドラマの面白さを出すために、日常そのものではなく、舞台ならではの…

謎と演出

孤島の精神病院で失踪事件が起こり、怪しげな人物ばかりが登場する。悪夢のような回想場面といい、『シャッターアイランド』(米国、マーティン・スコセッシ)の連邦保安官に訪れる試練は、ことごとく謎めいている。 大げさな展開の割に、明かされた謎には意…

中年の夢

『オーケストラ!』(フランス、ラデュ・ミヘイレアニュ)では、圧制で演奏家としての地位を追われた音楽家たちが30年ぶりに結集。夢のパリ公演を果たす。 実現までには紆余曲折があった。困難の克服には、人生の辛酸を知る中年ならではの知恵としたたかさが…

本能

任務は、一人で月に駐在し、採掘作業をすること。『月に囚われた男』(英国、ダンカン・ジョーンズ)の作業員は、自分がクローンであることに気付いてからも、地球への帰還をあきらめるわけではない。 クローンにも、人間の本能が継承されていたのだろう。

排斥

様相も習慣も異なる異人が近隣に出現したら、住人は拒否反応を示すものだ。異人を外国人や宗教信者に置き換えれば、排斥運動は、世界のどこでも実行されていることに気づくはずだ。 『第9地区』(米国、ニール・ブロムカンプ)で、エビ形のエイリアンを人間が…

革命

日本で革命に着手するならば、世間との折り合いをうまくつけないと、孤立して失敗することが目に見ている。日常を無理に遮断しようとすれば、60年代の運動の二の舞を踏むだろう。 青年団の『革命日記』(こまばアゴラ劇場)では、日常を引きずりながら運動を…

天皇性

「天皇性」(ママ)なんてものの正体は、女性が女性性が何であるか実感できないのと同じように、ぼんやりと“あるのかねー”な曖昧な概念そのものだ。それなのに「天皇らしさ」というものを背負い、それ故に生きがたさを露呈し続けている皇太子夫妻には、天皇…

なぜ撮るか

その時(短編映画を作ったとき)も今(長編映画でデビューした後)も、私の単純でシンプルな原則は“自分が見たいと思う映画を撮る”である。こんな映画が見たいけど誰も撮らないから自分で撮って自分で見よう。そんな基本的な衝動がある。(ボン・ジュノ談――『…

抵抗

『抵抗 死刑囚の手記より』(フランス、ロベール・ブレッソン)の死刑囚フォンテーヌは軍人であり、運動家だ。監獄脱出の手口には詳しいが、自分一人の力で脱出したわけではない。フランス人の同胞に脱出法を開示して、道具を調達した。 同房の少年兵も味方に…

惨劇の映画

初登頂よりも、ライバルの救助を優先させ、そのために相手も自隊も全員死亡した。 結果を考えれば、『アイガー北壁』(ドイツ・オーストリア・スイス、フィリップ・シュテルツェル)のドイツ人登山隊の惨劇を、いたずらに美談で、とらえることはできまい。 …

経験

アルベール・カミュ、岩切正一郎・訳『カリギュラ』(ハヤカワ演劇文庫)の解説で、内田樹が演劇の性質を記している。 演劇において、戯曲家がそこに込めた「哲学的命題」がどれほど適切に観客に理解されたか、というようなことは問題にならない。演劇は何か有…

殺人の背景

ちゃちな衝動殺人事件のニュース記事と違って、『フロム・ヘル』(アラン・ムーア・作、エディ・キャンベル・画、柳下毅一郎・訳、みすず書房)に重みが感じられるのは、上下巻合わせて600ページに達するという物量によるものではない。 切り裂きジャックの連続…

出版業のこれから

鎌田慧は、出版2社倒産の一因として、新風舎の場合、不明朗な金の流れ、草思社は、自社ビル建設の負担を挙げている。 出版不況とはいいながらも、きちんとした本をつくっていれば、いきなりつぶれることはない。二社が連鎖倒産したからといって、これからの…

素晴らしい世界

浅野いにお『素晴らしい世界』(小学館)のうっくつしている登場人物には、大きな幸せが訪れるわけではない。それでも、彼女たちは、ちょっとしたことに、かすかな希望や可能性を感じ、生き続けようと決意する。 この世が完全に終わらない限り、少なくとも自…

老後の幸福

老いれば、記憶が薄れる。身体も変調を来たす。それでも昨今は、寿命が長くなった分、青春期を生き直す時間がある。 『やさしい嘘と贈り物』(米国、ニコラス・ファクラー)のロバートは、老婦人に恋をし、孤独から解放されたかのような幸福を味わう。偏屈な…

中年の恋愛

若年と違い、様々な荷物を背負っている中年は、直情的な恋愛の成就が難しい。一つ一つの行動に、不自然に見えない理由と手続きが必要であり、引き際のタイミングも心得ていなければならない。 こうしたハードルを設けることなく、ご都合主義的に作られたドラ…

世代

ドラマ『シューシャインボーイ』(テレビ東京、浅田次郎・原作、鎌田敏夫・脚本)では、元帰還兵の靴磨き、戦災孤児だったオーナー社長、戦後生まれで元銀行員のおかかえ運転手という三人の異なる世代が、対立しつつ、触れ合う。 前の世代を意識しつつ、次の世…

一瞬先

爆弾にふっとばされる事態こそないが、一瞬先がどうなるかわからないという点では、戦場も生活現場も同じであろう。 爆発物処理にあたる『ハート・ロッカー』(米国、キャスリン・ビグロー)の兵士たちの緊張感は、我々にとっても、他人事ではないのである。

刑事も人間

現代の日本では、警察官が不祥事を働けば、たちまち新聞沙汰。すぐに批判対象になる。 『バッド・ルーテナント』(米国、ヴェルナー・ヘルツォーク)の刑事は、勤務中も薬物を常用し、売人からも薬を搾取。まさに悪徳刑事だが、捜査員としては有能。精神の弱…

センスとスパイス

夫婦それぞれに愛人ができるという話を、どろどろの愛憎劇にしてしまうと、ありがちな凡庸ドラマになるが、さすがに矢崎仁司。 『スイートリトルライズ』(日本)は、センスのいい映像と小道具の選択によって、心地よい環境音楽のような仕上がりにしている。…

なぜ読むか

作家にとって、小説を読んで収穫があるとは、そこにある手法や、様式や、構想力を自分のものにしたいとの欲望が生まれ、実際自分のものにすべく努力を促されることを意味する。早い話が真似をしたくなるわけである。 これは真似ができるかどうかはまた別問題…

罪は犯しても…

やむにやまれぬ理由で不法行為をする場合もある。 『フローズン・リバー』(米国、コートニー・ハント)の二人の母親は、まさにそうだ。 密入国者を車のトランクに入れ、凍った川を通って、国境を越える。 夫に逃げられた女と、義母に赤ん坊を奪われた女。も…

後味

さえない営業マンの田西敏行も、彼が恋慕を寄せる同僚のちはるも、自分の思惑とずれた行動を取ってしまうために、不幸を招く。田西は勝算のない決闘で負傷し、ちはるはライバル業者の男にもてあそばれて妊娠中絶をするのである。 『ボーイズ・オン・ザ・ラン…

小説アート論

『煙滅』(ジョルジュ・ペレック、水声社)の書評(『朝日新聞』28日)で奥泉光が以下のように記している。 翻訳書『煙滅』は、……「い」段抜きの成約を訳文に課すという形で、原作に倍するとんでもなさを素晴らしく実現している。 そんなことをしてなんの意味…

不器用だからこそ

悪酔いして場違いの曲を歌い、新郎に絡んで、姪の結婚式をぶち壊す中年男。 『おとうと』 (日本、山田洋次)で笑福亭鶴瓶の演じる鉄郎は、初期の車寅次郎に通じるものがある。 後年の寅次郎は、多少の騒ぎは起こすものの、すっかり倫理的になってしまったが、…

抵抗感

土門拳が広島を撮った写真には、被爆者の生々しい傷が映っている。 この本にもし難点があるとすれば、抵抗感ぬきにはこの本の訴えを人々に伝えることができないということです。しかし、ここで一歩さがって、問題の焦点を見つめ直すと、問題はまた別の形をと…

未来へ

「私は何よりも未来に興味を持っていた。だが、はやって前に進もうとする志願兵はすぐに戦死したり、戦意を失ったりするものだ……」(アンジェイ・ワイダ、西野常夫他訳『アンジェイ・ワイダ 映画と祖国と人生と』凱風社) 先へ行きたいほど、ゆっくり歩く。

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