2014-01-01から1年間の記事一覧

戦争の始まり

前の戦争だって「さあ人殺しを始めましょう」と音頭をとった人はいないでしょう。「爆弾が降ってきますよ」とも「兵隊は手足がちぎれて血が出ます」とも、たぶん最初は言っていない。平和のためだし国民を守るためだし聖い戦いなのだから。我々がサギにかか…

家族

何の衝突もない幸福な家庭ほど嘘くさく、問題をかかえる家庭ほど、真実味がある。 『ぼくたちの家族』(日本、石井裕也)は、母の難病発覚をきっかけに、一家の思いがけぬ秘密が明るみになる。 両親の借金、長男の引きこもり、若夫婦の溝……。 それでも家族の…

角川映画とは何か

成功もあれば失敗もあった。批判もあったが、いわゆる角川映画が映画界のシステムを一変させ、観客に魅力を与えたのは事実だろう。 中川右介『角川映画1976−1986 日本を変えた10年』(KADOKAWA/角川マガジンズ)は、黄金期の魅力を振り返…

名匠の冒険

今日において言いたいこと、手法としてできること……。映画でできることは多様だが、すべてを詰め込めばいいというわけではない。あるいは、協力者全員に配慮すればいいというわけではない。 映画の出来を問うならば、以上のような自覚が必要だが、そのことを…

接近する小説

平野 僕が思い描いている小説的なるものの話をすると、一個人から始まって、どこかで一般性や普遍性、つまり赤の他人であるにもかかわらず、読者がなぜか共感してしまうというところに向かって開かれていかないと、小説にならないと思うんですね。自分から遠…

日常と狂気

娘を誘拐された父ができることは、自力で関係者の口を割らせることだ。 『プリズナーズ』(米国、ドゥニ・ビルヌーブ)の拷問を肯定はできないが、否定もできまい。娘の行方が消えてから日数が過ぎ、警察も頼りにならない状態では、やむを得ない手段だった。…

転落者

『ブルージャスミン』(米国、ウッディ・アレン)のヒロインは、自己都合のふるまいで身内を不幸に陥れ、理想と行動のギャップによって、転落していく。 勘違いセレブの転落に同情はできないが、嫌悪もできない。 ヒロインは、遠い他者ではないのだ。

心地いい部屋

『ビフォア・サンセット』(米国、リチャード・リンクレイア)では、小説の宣伝でパリを訪れた米国人男性が、フランス人女性と再会。出発時間を遅らせて彼女の自宅を訪れる。 室内は、あちこちの壁に写真が貼られ、食器や雑貨など、たくさんの物が置かれてい…

人のエネルギー

ザ・スパイダースの曲に登場する活力旺盛の老婆。渡辺源四郎商店『エレクトリックおばあちゃん』(ザ・スズナリ)でカバーされているのは、精神を患った哀しい人間だ。電気人間として地元に電気を供給し、社会に貢献しているつもりだが、すべて妄想であり、…

すべてアート

『アンディ・ウォーホル展:永遠の15分』(森美術館)では、彼が収集した書簡や雑誌・贈り物などが公開されている。タイムカプセルと自称して、段ボール箱に入れて保管していたものだ。価値は当人にしかわからないが、発想のヒントにもなったのだろう。 アー…

無器用でも光

佐藤泰志・原作の『そこのみにて光輝く』(日本、呉美保)でうごめく人々は、世捨て人風の男といい、彼と知り合う姉弟といい、だれもが古風で文学的だ。 しかし、常にややこしい道を選び、あえて不幸に陥る彼らの無器用さは、いつの時代でも存在する。 さび…

実作の才能

イラストレーター・益田エミリの『ふつうな私のゆるゆる作家生活』(文春文庫)では、様々な編集者たちとのやり取りが観察されている。 益田は、教養ある編集者の言葉に感心させられるが、編集者は言う。自分が物語を作れないことを。 実作には、実作者なら…

色調

ゲイカップルとダウン症児の交流という設定が、『チョコレートドーナツ』(米国、トラビス・ファイン)では特異な印象を与えない。 柔和な色調の映像が、万人に理解されない者たちの哀しみを優しく包み込んでいる。

映像美

若い女性同士の恋。執拗な官能描写。これらを除けば、『アデル、ブルーは熱い色』(フランス、アブデラティフ・ケシシュ)は、青春のありふれた悲恋にすぎない。 だが、スタイリッシュな映像は、見ごたえがある。

活動家

東欧の民主化に寄与したレフ・ワレサ。活動家といっても、極端な生活をするわけではない。家庭を大事にし、労働運動でも地道に連帯を進めていた。 『ワレサ 連帯の男』(ポーランド、アンジェイ・ワイダ)は、彼の公私にわたる日々を、英雄視して持ち上げる…

役割

言葉の採集、監修、宣伝……。 辞書作りのスタッフは、それぞれ役割がある。 『舟を編む』(日本、石井裕也)は、主人公の編集者だけではなく、共同作業者しかり、配偶者しかり、支える者すべてが、役割を担って生きている。 見出し一つが抜ければ、辞書の機能…

労働

本当に、働くことというのは正しいことなのだろうか? この疑問に対する回答は簡単だ。労働に善も悪もない。 労働とは、ただ仕事をすること。それだけである。…… 僕たちは多くの他人を足蹴にしながら生きているという現実は知っておくべきだと言いたいのであ…

凡人の抵抗

奴隷ではないが、白人ほどの身分が保障されているわけではない。自由黒人は、奴隷として売られてしまえば、容易には身分を取り戻すことはできないのだ。 『それでも夜は明ける』(米国・英国、スティーブ・マックイーン)の黒人、ソロモン・ノーサップは、知…

語り手の相手

平野 伊坂作品には視点の変化など複雑な要素も入りますが、いつも読者が迷子にならないようになっていますね。リーダビリティは意識されているんですか?伊坂 いや、これは謙遜ではなく、僕ってあんまり読解力がないんですよ(笑)。飛ばし読みをしちゃうと…

パラダイスの定義

3部作の最終作『パラダイス:希望』(オーストリア・ドイツ・フランス、ウルリッヒ・ザイドル)では、恋愛に不慣れな少女の残酷な体験が描かれている。 ダイエット合宿での奇異な出来事と複雑な思い出は、彼女に成長をもたらすと共に、生涯のトラウマをも引…

魔力

ミュージカルアニメ『アナと雪の女王』(米国、クリス・バック、ジェニファー・リー)は、壮麗な雪の映像に負けじと、女王を演じるイディナ・メンゼルの主題歌『Let It Go』が、高揚感を引き立てる。 悪にもなるが、善にもなる魔力。絵や歌も同様だ。

無法者

生きるためには当局の言い分を聞くばかりが能ではない。 電気技師のロン・ウッドルーフは、非合法の薬を世界中から手に入れ、自身と大勢のエイズ患者を生きながらえさせた。無法者ゆえに、現代の英雄になりえたのだ。 『ダラス・バイヤーズクラブ』(米国、…

沈黙と便乗

私が問題にしたいのは、騒動後に「自分は怪しいと思っていた」と言い出す人たちである。……騙された人間は、騙されたことを反省すればいい。しかし、したり顔で「後出しジャンケン」をする人間には今後、注意しなければならない。彼ら・彼女らは、おかしいと…

小説の価値

その人の考えたことが本当に新しいものであるならば、そんな作品はまだ現実には存在しないのだからそれを批評する批評言語だってまだ存在しないのである。だから自分の作品の新しさを保証してもらおうと思っても、現実にその小説を書きあげてからでない限り…

心をつなぐ

『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(米国、アレクサンダー・ペイン)は定番のロードムービー。怪しげな懸賞金をめぐる旅を通じて、父子に情愛が芽生える。 たかりやの親類や、饒舌な母など、二人に関わるのはクセモノばかり。 世間は猥雑だが、ささやかな…

人生の翻訳

ドストエフスキーの長編小説を翻訳したスベトラナ・ガイヤー。第2次大戦下、ウクライナからドイツへ移住し、語学力を活かして生き延びた。 『ドストエフスキーと愛に生きる』(スイス・ドイツ、バディム・イェンドレイコ )で映される彼女の一日は、執筆作業…

時のあと

震災以降、新たな関係が芽生えたり、生き様が変化した家族もいる。 生き続ける者は、失ったことの痛みを背負いつつも、再出発を恐れてはならない。 山田太一・作のドラマ『時は立ちどまらない』(テレビ朝日系)は、東北地震をきっかけに変容した二家族の苦…

時間割

父はそういう単純な内容の生活に至極単純な形をつけた。一日の時間割を正確無比に守り、破目をはずして飲むのもその日、その時期を正確に決めていた……。(吉田暁子『父 吉田健一』河出書房新社) 日々、きちんと扱われた時間割。 長い目で見れば、仕事の質量…

評価する者

僕もインタビューを受けて、賞関連のことを質問されるたびに(国内でも海外でも、なぜかよく質問されます)、「何より大事なのは良き読者です。どのような文学賞も、勲章も、好意的な書評も、僕の本を身銭を切って買ってくれる読者に比べれば、実質的な意味…

もう一つの物語

映画が本当に面白いのは、……上辺で語られている物語がある一方で、それとは別の次元で、もうひとつの物語がスタイルとして語られているからです。(塩田明彦『映画術』イースト・プレス) 大方の観客には、単一の物語しか、気付かれない。そのために、単一の…

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