2014-01-01から1年間の記事一覧

母の授けたもの

母の恋を知ることは、娘であるサラの出生の秘密を明らかにすることでもあった。 サラ・ポーリーのセルフ・ドキュメンタリー『物語る私たち』(カナダ)は、家族や知人から証言を得ることで、生前の母に秘められた真実をあかるみにする。 冷徹な告白録にはな…

楽しさの保護

何がどうしても必要で、何がそれほど重要でないか、あるいはまったく不要であるかを、どのようにして見極めていけばいいのか? これも自分自身の経験から言いますと、すごく単純な話ですが、「それをしているとき、あなたは楽しい気持ちになれますか?」とい…

敵に学ぶ

政権交代をめぐる国民投票で世論を変えたのはTVCMだ。独裁政権に立ち向かうため、広告ディレクターが使ったのは、敵陣の手法を逆手に取った未来志向型のCM。現政権による虐待を批判するよりも、あえて資本主義世界を肯定し、バラ色のイメージを押し出したの…

任せる相手

身に覚えのない罪での投獄。言葉もわからない地で、大使館の協力もなく、虐待される主婦。子どもにも、夫にも、もう会えないのか。 『マルティニークからの祈り』(韓国、パン・ウンジン )は、実話が題材だ。大使館や現地弁護士に任せても、なんの進展もな…

世界の見え方

闇夜に浮かぶ漁船の光。船上に投げされ、荒っぽくさばかれる魚群。 超小型カメラで拡大される『リヴァイアサン』(米国・フランス・英国、 ルーシァン・キャスティーヌ=テイラー、ベレナ・パラベル )の映像は、我々の生きる地球の存在が、視点によって、い…

ありふれていない物語

親しげに見えた女たちの奥底に潜む憎悪。『FORMA』(日本、坂本あゆみ)は、徹底してリアルな日常が、異様な転機によって、救いがたい結末をもたらす。 場面の反復も、視点の急転も、揺動する世界を描くための必然的技法だった。 ありそうで、ありえない。あ…

強者の生き様

リゾートマンション経営の大富豪から一転し、窮乏生活に陥った夫婦。 『クイーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』(米国・オランダ・英国・デンマーク、ローレン・グリーンフィールド)は、彼らの紆余曲折を記録している。 リーマンショックで突然…

翻弄する技術

三人の男を一人の女子学生が振り回す。『ソニはご機嫌ななめ』(韓国、ホン・サンス)の設定はシンプルだが、軽妙な会話と計算し尽くされた技巧で、観客をも翻弄する。

先進国の格差

大国の住民でさえ、稼ぎが少ないと、家族を養うだけの食費は確保できない。「米国に広がる新たな飢餓」(『ナショナルジオグラフィック』8月号)では、定職があっても、政府のわずかな扶助だけでは満足に食事をとれない人々の現実が報告されている。 空腹を…

島の子どもたち

のどかな島で動物と共存する子どもたち。うさぎを殺した狐を逃がし、世話したアザラシも海に返す。 島には俗っぽい大人もいるが、子どもを見守る大人もいる。 日本では劇場初公開の『なまいきチョルベンと水夫さん』(スウェーデン、オッレ・ヘルボム)は、1…

寓話と神話

寓話と神話との違いは何か? 寓話は継承の組み替えというレベルで完結してしまうが、神話は人の心の「元型」に結びついている。寓話は頭で理解するものだが、元型は心をすっぽりとあてはめるものである。そこには理解を必要とされない。……チャンドラーの作品…

歴史の普遍性

日本国憲法の歴史は、まだ半世紀に及ばない。これが「伝統」になるかどうかは、今後の問題である。もしなれば、日本でも伝統的原則の普遍性について語ることができるだろう。もしなれば、日本でも伝統的原則の普遍性について語ることができるだろう。もしな…

失敗という素材

信頼する恩人でもあるので、「自分で映画を撮ったり出演したりする依頼がきているんですけど、作家がそんなことをしてもいいのでしょうか?」と相談したの。すると伊藤さんは、「何を言うの、石原くん。君は今とってもおもしろいところにいるんだよ。何をや…

ゴジラと外交

同時多発テロ。東日本大震災。 『GODZILLA』(米国、ギャレス・エドワーズ)は、日米結束の誘因を挙げつつ、怪獣に襲撃される被災地として、中華街をクローズアップしている。 両国の関係維持に、中国の存在を欠かすことはできないのだ。

島の主役

奄美大島で展開される生と死。 『2つ目の窓』(日本・フランス・スペイン、河瀬直美)の家族愛や恋物語は平凡だが、日常の何気ない場面や綿密に撮影された風景が、ドラマ以上に視線を引き付ける。

等身大の生き方

世界を刷新できるほどのエネルギーはないが、世間と折り合いをつけ、弱いなりに生きていくことはできる。 遠いつながりの存在を少女が知る『思い出のマーニー』(日本、米林宏昌)。宮崎映画のような躍動感がない代わりに、等身大の生き方を提示している。

世界は続く

被災地を励ますボランティア団体では、本来のスローガンを忘れ、仲間同士でいがみ合いが始まっていた。 再演された五反田団『五反田の夜』(アトリエヘリコプター)は、どこにでもある共同体の不条理を喜劇的に誇張しつつ、前田司郎流の妄想世界を炸裂させる…

戦争の始まり

戦争が繰り返されたら、我々世代のつらい経験は『無』になってしまう。あの戦争で亡くなった人々の無念さを伝えなければ、死んでも死にきれない。(「インタビュー 老兵は闘う 野中広務」『朝日新聞』18日朝刊) 安倍政権における集団的自衛権行使容認に対し…

小説家の長い日々

小説を書くということをいつ始めるか、それから、どのように持続するか、どのように新しいところに歩み出すか、書き始めての長い日々に、それに先立つ実のある沈黙の日々をどう生かすか、小説家には様ざまな生き方のモデルがあります。(「大江健三郎記念対…

文学の作用

どれほどすぐれた感動的な作品であっても、言葉による作品が南アフリカで苦しんでいるエイズ患者、あるいはその他、現実の苦境におかれた人々の現状を変えることができるかどうか、私にはわからない。どんなに力強い詩でも、現実の苦痛を取り除いたり、不正…

病棟の内で

食う。寝る。排泄する。 精神病院患者の知られざる世界をワン・ビンがとらえた。 『収容病棟』(香港・フランス・日本)の室内は、ベットのみ。廊下には長椅子が置かれているだけ。シンプルな生活ゆえに、彼らの営みは、きわめて人間的だ。

文章の変化

あらためて読み返してみて、最初の3年半ほどと、この一年半では、少しトーンが変わっていることに気づいた。簡単に言えば、後半部分のほうが攻撃的でストレートに表現しているのだ。 ひとつには、原稿のチェックの仕方を変えたことも大きかったのかもしれな…

感覚と作家性

自分のやりたいことが込められていない文章は、たとえそれを挿入することが小説をわかりやすくするとどれだけわかっていたとしても、小説のパーツに組み込むことをよしとできない。(岡田利規「生来の感覚を発展させるのか、克服するのか」『新潮』6月号) …

本と幸福

本は――わたしたちが生まれるはるか前に出版されたものも含めて――年をとらない。本は現実の時の経過を記録している。またそれを読んだときのことをわたしたちに思いださせるので、過去の何十年かの流れを映しだしているともいえる。(アン・ファディマン、相…

映画を生かす

死に場所を求めて人里離れた地にたどりついた男が、先住民族の老婆と異色の関係を結ぶ。 『ハポン』(メキシコ・ドイツ・オランダ・スペイン、カルロス・レイガダス)は、キアロスタミ風の物語が、衝撃の展開に突進する。圧倒的な映像美を含め、これぞ映画と…

荷物を背負っても

人生の重荷を背負う者たちが、山小屋暮らしを通じて心身をときほぐしていく。 『春を背負って』(日本、木村大作)の物語はシンプルだが、爽快な人間賛歌に嘘くささはない。立山連峰の風景や演出に、ごまかしがないからだ。 山上生活は危険と向かい合わせだ…

幻の映画

豪華スタッフとキャストを揃えたSF映画大作『DUNE』は、映画会社の出資を得られず、幻の作品となった。 アレハンドロ・ホドロフスキーの構想した綿密な企画書は、後年のSF映画に多大な影響を与えた。映画史に残る傑作の元ネタとなり、企画が無駄でなかっ…

名もなき者の歌

『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』(米国、コーエン兄弟)は、売れない歌手の生き様を地味に映しつつ、一場面一場面を深く印象付ける。 だれとも無関係なようで、だれにでも重なる男のどうしようもない日々。 男の奏でる繊細な歌が、耳…

ずれこそ真実

気ままなOL生活を捨て、地質学や水泳を習得。すべては、水没した大金を回収するためだったが、学校も水泳スクールもやめ、ランジェリーパブで働いたり、ロッククライミングコンテストで活躍する。 最初の目的は、どこへ? 目的からずれるのも人生だ。そも…

闇の前の世界

美しい自然に囲まれた妻子との幸福で刺激的な生活が、赤い牛男の訪れによって、唐突に破壊される。 『闇のあとの光』(メキシコ・フランス・ドイツ・オランダ、カルロス・レイガダス)は、魅惑的で危険な映画である。 断片的な場面も、変容する人間も、すべ…

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