2013-01-01から1年間の記事一覧

意識

現実なのか、意識下なのか。 『リアル 完全なる首長竜の日』(日本、黒沢清)は、こん睡状態の男と、彼にシンクロする女との結びつきを通じて、意識の境界線を問いかける。 今、我々も、起きているのか。それとも、眠っているのか。

映像美

陰惨な殺人が続発する一方、驚異的なまでに色彩豊かな画面。 セリフやストーリーに頼りきるのではなく、映像で見る者を引き込む『イノセント・ガーデン』(米国、パク・チャヌク)は、まさに映画だ。

孤立感

貧困が目立つのは、国全体が貧しいときではない。成長を遂げ、格差が生まれてから、初めて意識されるものだ。電気も施設も乏しく、殺風景な山地で家畜や畑仕事に精を出し、暗い室内で食事する家族に痛々しさを感じさせるのも、彼女たち自身が、もはや境遇が…

ファッショナブル

質素倹約。ニューヨークのストリート・ファッションを撮るためだけに、生き続けるフォトグラファー、ビル・カニンガム。80歳を超えてなお、自転車で疾走し、場所を移しては、人々の奇抜なファッションをカメラに収める。 シンプルな生活に徹するあまり、犠牲…

物語の原液

「そのままの現代語訳では伝わらない。当時の文献をリミックスして物語を作る。考え方はこれらと今回も同じ。今の人にわかるような構造になっていない過去の読み物は、まだまだいっぱいあります」(「京極夏彦、遠野物語に挑戦」『朝日新聞』8日夕刊) 物語…

想像のリアリズム

『アントニオ・ロペス展』(ザ・ミュージアム、文化村ザ・ミュージアム)の絵画は、最初のイメージを守りながら、何年も費やされて描かれている。 リアルでありながら創造的。 トイレであれ、町の風景であれ、絵の空白が、目に見えないものを想像させる。

ありえる

(引用者補:映画の『中学生円山』で)下井が『ありえない』と言った時、下井が『ありえることって何だ』と急に怒り出す場面があります。ありえない妄想をしていた子どもが、ありえないということを学んで大人になっていく、でも、ありえないことが起こるの…

誇りの犠牲

日本の統治以前、台湾では、狩猟地をめぐる部族間の争いが絶えなかった。 首狩りさえも行なわれたが、原住民同士ならば、お互いを壊滅させるほどには至らない。 日本軍との戦いは違う。原住民が抵抗を続ける限り、人も家も野山も、すべて失う覚悟が必要だっ…

恋愛と成長

昔の恋人と今の恋人。好きであることと、お互いの距離や出会いのタイミングが合致するとは限らない。 『グッバイ・ファーストラブ』(フランス、ミア・ハンセン・ラヴ)は、成長のきっかけを象徴するタイトル。 いつの時代にも通じる伝統的な恋愛劇だ。

写真のような

友人との再会。失踪者への思い。 『ペタルダンス』(日本、石川寛)は、最小限の設定と会話で、残されたものと失われたものを想像させる。 ただ画面を見ているだけでいい。 色調と構図によって一枚写真のように完成された映像が、見る者それぞれに、物語を育…

神話の土壌

水没寸前の村に暮らす少女が、大嵐のあと、重病の父のために音信不通の母を探しに行く。 大国の一員でありながら、未開地のような世界に生きる人間たち。 『ハッシュパピー バスタブ島の少女』(米国、ベン・ザイトリン)は、米国の南ルイジアナという現実の…

日常スナップ

自然体にふるまう老人。悪ふざけする子ども……。 どこにでもいるような人間が、どこにでもある茶目っ気を見せている。 元気さも陽気さも、身近にあふれているものだ。あえて、遠出したり、風変わりなものを探さなくてもよい。 『梅佳代展 UMEKAYO』(…

ウイスキーの味

毎年、一定量が蒸発してしまうウイスキー。その分だけ盗んでも、わからないだろうし、盗んだ酒で稼げれば、どん底生活から脱出できるかもしれない。 『天使の分け前』(イギリス・フランス・ベルギー・イタリア)は、更生中の青年が妻子を養うために作戦実行…

パターンと創作力

自分で「こういうもんだ」と思って、ずーっと何度もやっていくと、どんどん作品が腐っていくんですよ。腐っても平気でやっていける人はいる。延々と同じパターンをやれる人がね。でも、それは自分で変えないと。つまり、自分が、自分の脳みそで、「こうやっ…

現実とファンタジー

エンデがファンタジーを書き始める時、なによりその基本構造が、しっかり組み立てられている。それでもかれが行き詰ってフラフラしているとすれば、その時かれは、いったん作ったファンタジーの仕掛けを担ったまま、現実世界へ戻っているのである。そのよう…

移住

結婚後、地方に転勤した夫婦は、うまく行くのか。 青年団『この生は受け入れがたし』(こまばアゴラ劇場)は、小津安二郎『麦秋』の後日談だ。 東北に行ったはいいが、慣れぬ土地、夫の仕事を理解したとは言い難い妻。夫との生活に、歩調を合わせることがで…

複数の顔

リムジンの中でメイク・アップ。依頼に応じて、いくつもの役を使い分ける男。 『ホーリー・モーターズ』(フランス・ドイツ、レオス・カラックス)の主人公を特異な人物と思ってはなるまい。 一日にいくつもの場面を経験し、複数の顔を演じる役者は、我々自…

女と男

離婚後の運命は対照的だ。 妻は慰謝料も受け取らず、独力で娘二人を育て上げる。 夫は後妻に逃げられ、幼い息子を残したまま、息を引き取る。 娘は、しぶとく、息子は、もろい。 『チチを撮りに』(日本、中野量太)は、女を立てつつ、男に厳しいファミリー…

晩年

現代アートの収集に生涯を費やした夫婦にも、エンディングが近づいてきた。美術館に作品を寄贈したあと、夫のハーブが死に、ドロシーは、習慣だった買い付けをやめてしまう。部屋いっぱいの作品を整理し、壁に飾るのは、亡き夫の作品のみ。 『ハーブ&ドロシ…

作画の余地

フランシス・ベーコンは、写真をヒントにしたり、モチーフの材料にすることが少なくなかった。 完成された絵画よりも、絵として手を加える余地があるからだ。

金と愛

飛び降り自殺した銀行員がばらまいたデータは、日本の金融政策を崩壊させる秘密計画だった――。 『相棒シリーズ X DAY』(日本、橋本一)であばかれる財政危機のシナリオは、決して絵空事ではない。 金に愛が絡んで犯罪を助長する法則も、人間が存在する限り…

フィクションの力

体面を重んじ、集団自決を回避できない戦時下の男たち。権力に執着せず、生きることに忠実な現代の女たち。 燐光群『カウラの班長会議』(ザ・スズナリ)は、第2次大戦下のオーストラリアと現在の日本に派生した難題を、異なる時代と性差を舞台上で交差させ…

無差別殺人犯が生まれるまで

『ぼっちゃん』(日本、大森立嗣)の主人公は、秋葉原無差別殺人犯をモデルにしつつ、より強烈な人物になっている。 孤独で無器用な梶。未来の感じられない派遣労働者だ。負け組とののしられ、ネットの書き込みで憂さを晴らす。 梶を取り巻く男たちも、睡眠…

わたしの小説

黒田 わたしの書き方だと、長い全体をいっきに書くのはすごく大変なんです。短めのものをきゅっと、気が済むまで書いて、短時間でばっと見わたせるぐらいの長さを職人仕事でこまかくなおしてしまうほうがやりやすい。部分ごとの順番が決まったところでまた修…

戦争と日常

戦時が暗いばかりとは限らない。いつ焼け出され、命を落とすかもしれぬ絶望的な境地は、生活に緊張感を与え、精神を高揚させ、希望さえも育む。戦後世代でも、震災直後の清涼な充実感を否定できまい。 戦争が続くにしろ、終わるにしろ、日常は、いつ終わると…

活劇の楽しみ

勧善懲悪に徹したストーリー。戯画化された強烈なキャラクター。 『ジャンゴ 繋がれざる者』(米国)は、クエンティン・タランティーノが、現代のマカロニウエスタンを楽しんで作っている。 楽しみが共有できる分、観客も、活劇の存続と進歩に、感謝できるのだ…

米国の映画

ビンラディンを敵としか思わず、暗殺のために拷問や民家襲撃を必要悪と考えるCIAの発想を黙認するのは、危険な発想である。 作戦を先導した女性局員を肯定できるわけではないが、英雄として描きにくい存在を直視した『ゼロ・ダーク・サーティ』(米国、キ…

世界崩壊後の心得

世界崩壊後の近未来へタイムスリップし、元の世界に戻れなくなった子どもたち。 『漂流教室』(楳図かずお、小学館文庫)の大人たちは、環境の変化に対応できず、権益に固執するばかり。子どもたちは、残されたわずかな物資と、小さな知恵を駆使して、生き抜…

言語と対象

高村 基本的に言語というのは、自分が知らないこと、あるいは理解できないこと、捉えられないことへ向かっていくのだと思います。わかっているものはわざわざ言語化する必要がない。私たちが言葉を使って何かを言い当てようとするのは、目の前にあるものが的…

政治と文学

「政治と文学」のあたらしい関係性を記述できるのは、つねに目に見えるもの=政治の側ではなく、目に見えないもの=文学(文化)の側なのだと僕は信じている。(宇野常寛「THE SHOW MUST GO ON」『ダ・ヴィンチ』3月号) そこまで文学を信じるだけの明確な根拠…

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