2020-01-01から1年間の記事一覧

芸で語る

ミュージカル『イースター・パレード』(米国、チャールズ・ウォルターズ)で、フレッド・アステアやジュディ・ガーランドの妙技は、今さら言うまでもない。特筆すべきなのは、ダンスや歌の素晴らしさが、感情や展開の表現と密接に結びついており、有無を言…

こんなときでも

年の離れた男女と、男の娘。オンラインの会話しかできない人々が、オンラインだからこそ成立するコミュニケーションの機微を通じて、望みを伝えあう。 『いまだったら言える気がする』(日本、行定勲)は、プロの表現によるショートムービーだ。

告白の相手

保険金目的で夫を殺した妻と、共謀する保険外交員。『深夜の告白』(米国、ビリー・ワイルダー)は、二人の愛憎関係に目が行きがちだが、事件を追及し、同僚を見守る調査員の存在感を忘れてはならない。告白すべき相手がいるからこそ、真相が明るみになった…

監督の適性

ジョージ・M・コーハンの伝記ミュージカル『ヤンキードゥードゥル・ダンディ』(米国、マイケル・カーティス)は、米国の魂をたたえた戦意高揚映画とされるが、野心と挑戦心で文化をけん引し、家族も大事にする理想の米国人を躍動させる心地よさで、嫌味はな…

個人を知る

プリーモ・レーヴィの『休戦』(岩波文庫)は、貴重な記録小説だ。収容した側の非道行為を綴るよりも、収容された側の個性をよみがえらせることに力点を置いている。 個性の違い、行動の意外性……。一人一人の人間を、集団ではなく、個人としてとらえるように…

安らぎの時間

『ゴッド・ファーザー』(米国、フランシス・フォード・コッポラ)3部作で一貫しているのは、マフィア一家のボス、マイケル・コルレオーネの憂いだ。 一家を支えるための活動とはいえ、ゆくゆくは合法的な組織に転換したかった。理想は実現間近で妨げられ、…

戦後の日常

戦時下で起きうる出来事が、戦後の日常ではどう変わるか。有閑マダムが夫の出兵を知って動揺するという設定を戦後の転勤に置き換えた『お茶漬の味』(日本)をはじめ、小津安二郎の映画には、戦後の作品であっても、必ず戦争の影がある。

本性を見よ

目が見えなくなるという奇病が蔓延し、人々は隔離施設に収容される。見えないことでむき出しになる人間の本性。目の見える人間が、彼らの行状を見つめる。 人間をいたずらに賛美してはなるまい。ジョゼ・サラマーゴ、雨沢泰:訳『白の闇』(NHK出版)では、不…

自己責任の不均衡

コロナ禍で明確になったように、危機的な市民生活を支えているのは、スーパーマーケットのレジ、運送業者、ごみ収集車などの低賃金労働者である。……そして、危機がやってくると、さらなるリスクをとらされる」(中島岳志「責任のアウトソーシング」―『週刊金…

男の功罪

『スケアクロウ』(米国、ジェリー・シャッツバーグ)では、長旅を経て妻子との再会を目指した男が、子どもの死を知って統合失調症になる。これは決して唐突なことではない。それまでの突飛で過敏すぎる彼のふるまいからすれば、残酷な現実(妻の吐いた虚偽の言…

リスク評価の犠牲

「最悪の事態にどう対応するか?」という考え方をしないのは、日本人の国民性である。「プランAが失敗したら」という仮定そのものを一種の「呪い」のようにみなすのである。……日本人はすべての災禍についてリスクを過小評価する傾向にある」(内田樹『言霊の…

真似と個性

「できない」ということこそが、おそらく個性なのです。真似から入るしか入りようがない。真似したくても真似られないまま作品を作りつづけると、いつしか評論家の方々が個性を指摘してくれます」(黒沢清談:金子遊『ワールドシネマ入門』コトニ社) あまりに…

戦後のうちわ

戦争体験者の戦後は、平時であっても、夫婦の倦怠期があり、会社のストレスがあり、子どもや知人の死がありと、決して平穏ではない。『早春』(日本、小津安二郎)で心の変動に呼応するかのようにたびたび登場するうちわは、無言でありながらも、生きることの…

犠牲者の記録

新聞社勤務時代に反右派闘争に巻き込まれ、苦難の人生を歩んだ鳳鳴。『鳳鳴(フォンミン) 中国の記憶』(フランス・中国、ワン・ビン)は、名誉回復までの30年をよどみなく証言する彼女の姿を3時間、照明や位置を微妙に変えながらも、ひたすら映し続ける。壮…

名作のカメラ

どの人物の視点か。人間から見るのか、人間を俯瞰するのか。『レオン』(フランス・米国、リュック・ベッソン)のカメラは、世界を描出するのに極めて的確である。孤独な殺し屋と家族を失った少女という人物造形や、異色な男女の愛情物語という筋立てだけでは…

自然と人間

自然は、動植物の王国に生命の種を惜しみなくたっぷりとばらまいてきた。しかし、命を育むのに必要な空間や養分についてはいささか物惜しみする。……必然性、すなわち厳然と全体を支配する自然の法則が、生命の数を定められた範囲内に制限するのである。(マ…

格差を引き継ぐのではなく…

格差に対するボン=ジュノの問題意識は、『スノーピアサー』(韓国・米国・フランス)でも一貫している。氷河期の高速列車内は、極端な階層社会。自由を求める最下層の労働者たちが、支配層の率いる武装集団と激しい攻防を繰り広げる。 反乱群のリーダーが支…

人間らしさ

4月3日 人間らしさ 『人間の時間』(韓国)でも、キム・ギドク流の容赦なさは健在だ。空中に取り残されたクルーズ船内で、欲望むき出しの乗客同士が殺し合い、食量が尽きてからは肉を食らい合う。唯一生き残った女は、レイプされてできた子どもを産む。木々…

生き残るべき人間

食べる。畑を耕す。水をくむ。糞を集める。洞穴で寝る。『名前のない男』(中国・フランス、ワン・ビン)は、農夫のシンプルな生活をひたすら映す。 男は汚れた手のまま、野菜を調理し、むさぼるように食らう。それで健康を害した様子は見えない。どれだけ除…

本来の平和

テレビ収録が前提だったとはいえ、『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』(日本、豊島圭介)で公開された三島と東大全共闘との討論会では、学生のどんな意見や態度にも、真摯に耳を傾け、いたずらな衝突で済ますのではなく、対等に言葉をかわそうとする三…

セクハラに立ち向かう

番組抜擢をちらつかせ、セクハラ行為を重ねたテレビ局のCEO。被害者の女性たちが局内で声を上げるには、地位の喪失など、多くのリスクを伴う。『スキャンダル』(カナダ・米国、ジェイ・ローチ)は、それぞれの立場で事件に立ち向かった女性3人の生きざまを…

生物の共存

広大な荒れ地が恵み豊かな農場に生まれ変わった。家畜だけでなく、野生の鳥や動物、虫たちも集う楽園だ。『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』(米国、ジョン・チェスター)は、監督が妻と農園を作り上げた6年間の悪戦苦闘が、美しい映像で…

スターの晩年

ハリウッド黄金期を代表するミュージカルスター、ジュディ・ガーランド。『ジュディ 虹の彼方に』(英国、ルパート・グールド)は、最後のロンドン公演に焦点を絞って、短いながらも濃密な生涯を描く。 才能に恵まれた彼女が、なぜ薬に侵され、私生活でも平…

美しさの意味

ドイツに併合されたオーストラリアで、ヒトラーへの忠誠と兵役を拒否した農夫。実在の人物だが、その抵抗に意味があったかとと問われれば、少なくとも彼と、彼を愛した妻にとっては、あったと言えるだろう。どういう形であれ生き続けるということに価値を見…

戦場という日常

『1917 命をかけた伝令』(英国・米国、サム・メンデス)で注目すべきなのは、全編ワンカットに見える撮影法だけではない。伝令役の若い兵士が、決死の使命が戦場ではただの駒にすぎなかったことを思い知らされる結末まで描いたことを、評価すべきだろう。 …

車椅子からの解放

『37セカンズ』(日本、HIKARI)のユマは、脳性麻痺で車椅子暮らしだ。入浴や排せつを独力ではできず、誰かの助けなしには生きていけないが、それでも限られた自由に制約をつけられたくはない。生涯ゴーストライターで終わろうとは思わず、漫画家として表舞…

はじめの一歩

隠す理由がないにもかかわらず、明確な根拠を示すことのないまま、イベント自粛と学校休校が要請され、国民の大半が従った。今後は総理大臣であれば、独断で徴兵令でも戒厳令でも出すことが可能だろう。他国と違い、頑強に抵抗する者は希少であり、演劇や美…

異様な健全さ

グローバル化のリスクは、一つの疫病や経済危機が世界全体を揺るがすことにある。完全なる同化を防ぐには、少数社会の慣習や価値観を守るのが健全な行為であろう。たとえそれらが、文明国にとって、奇異に見えたとしても。 都市の人間たちが、奥地の村で異様…

悲愴な腐臭

『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』(ドイツ・フランス、ファティ・アキン)が焦点に据えるのは、実在の殺人犯の生い立ちではない。中年になった彼の日常と、かかわった女たちの人生を通じて、敗戦後のドイツの哀切をえぐりとっている。 時代がどう移ろうと…

助ける側

『淪落の人』(香港、オリバー・チャン)の中年男は、事故で半身不随になった。家族と別れ、部屋で保証金暮らしだ。 彼が異国人の家政婦と交流するだけの前半よりも、写真家になりたいという家政婦の夢をかなえられるよう、彼が奔走する後半のほうが、よほど…

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