2012-01-01から1年間の記事一覧

強制退去後の町

福島県南相馬市原町区。 津波と放射能汚染で、住民は強制退去に追い込まれた。 予測しえなかった暮らしの急変。 原発で働き、豪邸暮らしの老人も、退去を余儀なくされた。 一瞬にして、命も景観も奪われ、廃墟となった町。住民が戻るのは、特別バスで荷物を…

女の対立

2009年、男子中学生が「先生を流産させる会」を結成。女性教師の給食に異物を混入した。 『先生を流産させる会』(日本、内藤瑛亮)は、事件を素材にしつつも、生徒を女子に置き換え、女性の生理的対立をテーマに据えた。 妊娠を気持ち悪がる生徒。おなかの…

アートの過程

韓国の現代アーティスト、イ・ブル。 『イ・ブル展』(六本木、森美術館)のスタジオセクションでは、彼女のドローイングや模型が公開されている。 鋭利でグロテスクなアートの創作過程。とらえどころがあるようで、とらえどころはない。 それこそが、世界な…

イベント映画

感情を持ったロボットが、自分を廃棄した人間たちに復讐。合体で驚異的な兵器となり、開発者の博士を窮地に追い込む。 SF仕立ての『ロボット』(インド、シャンコール)だが、さすがインド映画。ミュージカルあり、ラブロマンスありの大判振る舞い。センスの…

嘘の世界

初老の靴磨きは、不法移民の少年をかくまっていることを隠す。妻は不治の病を夫に明かさない。 町の老人たちのつく数々の嘘は、気遣いゆえに生まれたものである。嘘が人々の困りごとを解決し、警察でさえ、加担する。 おとぎ話めいた『ル・アーヴルの靴みが…

作家の家族

認知症の母と二人っきりで過ごすならば、とうに気が滅入っているだろうが、『わが母の記』(日本、原田眞人)の作家は、世話を妹夫婦に任せ、母と一緒の時間は少ない。従順な妻や個性豊かな三人の娘の存在も、彼に題材を与えたり、執筆の専念に貢献している。…

物語の始まり

何かが起きたあとではなく、何かが起きそうな場面。 ロベール・ドアノーが被写体に選ぶのは、街のそんな光景だ。だれもいない建物よりも、人が映っている写真のほうが、微笑ましい物語の始まりを予感させる。 『生誕100年記念写真展 ロベール・ドアノー』(…

別離の理由

老人の世話を怠って外出した家政婦をナデルは外に放り出し、流産させてしまう。そのせいで訴訟沙汰に。 ナデルは家政婦の妊娠を知らなかったのか? 家政婦が外出した理由は? ナデルの離婚問題に悩む娘の選択は? 家の中の出来事が、宗教や経済も絡む複雑な…

10万年後の地球

使用済み核燃料の放射線が安全なレベルになるまでには、10万年待たなければならない。 現存している人間が10万年後を見届けるには、どうすべきか。10万年後の地球は、どうなっているのか。 フィクションでしか描けない命題に挑んだのが、渡辺源四郎商店『翔…

すべてはラップで

ラッパーでの成功を夢見る田舎町の若者たちの友情と挫折。 『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(日本、入江悠)では、口げんかも励ましもラップでする男たちが、哀しくも微笑ましい。

アイデアを束ねるもの

一見、バラバラに見える事物を結びつけるには、果たしてどうすればよいのか。最初の二つのアイデアを束ねる、第三のアイデアに思いを馳せるんだ。(デイヴィッド・リンチ、草坂虹恵・訳『大きな魚をつかまえよう――リンチ流アート・ライフ∞瞑想レッスン』四月…

虚構との距離

今までの僕にとって、虚構性というのは単に非日常的なもの、というくらいのことでしかなかったんだけど、今の僕には非日常性とはもはや関係ない。虚構とは、日常や現実を相手取ってそれと緊張関係を作るものです。日常を挑発する感じ。ややもするとけんかを…

過去の手法

サイレントの終焉と共に落ちぶれたスターがミュージカルでスクリーンに復活。そんなストーリーを描く『アーティスト』(ミシェル・アザナビシウス)自体、サイレント映画である。 製作はフランス。だが、ハリウッドのサイレントを丹念に研究した成果が、個々…

終らない小説

陣野 ……コントロールしようと思っていない作家って、いつも小説が終ったときに始まっているんだと思うんです。小説が終わった瞬間に小説が始まっているというか。「共喰い」にも終わらせていない感じというのがあって、僕はそれはいい小説の一つの判断基準だ…

世界に必要な文学

翻訳を通じて、文学が国や言語や時代を越えて、新たな価値を持ち、生き続ける――そのプロセスそのものが世界文学であるとするならば、大惨事を越えて新たな価値を獲得し、新たな生命を享ける文学もまた確かに世界文学である。私たちはそのような「3.11以後の…

死にゆく人間のために

死にゆく人間こそ、だれよりも芸術に飢えているものだろう。自分が死んだ後にいくらお経を唱えられても、葬送の曲を流されても、そんなことは知ったことではない。人生の終りに読み聞かしてもらいたい作品、それを聴きながら死にたい楽曲、人間が生きている…

映画と政治

大統領選の舞台裏で行われる策略の数々。『スーパー・チューズデー〜正義を売った日〜』(米国、ジョージ・クルーニー)では、やり取りに絡む立候補者や選挙参謀は、決して善人ではない。だが、根っからの悪人にも見えない。 政治の構図を皮肉に見つつ、必要…

趣味の効用

鉄道マニアでない者でも、趣味を楽しんで生きる男たちの姿を温かく見つめたくなるだろう。 『僕達急行 A列車で行こう』(日本、森田芳光)の 小町圭も小玉健太も、鉄道マニア同士のつながりで大きな商談を成功させる。 二人とも恋には破れるものの、趣味の…

最近を決めつけたがる人

世間には最近の「文学は全然ダメでしょ」と決めつけたがる人がいて、こういう人に限って文芸誌はもちろん「最近の文学」もほとんど読んでいないのだが、教養人である彼らは若い頃には名作を浴びるほど読んだという自負があるため、自分が文学の素人だとはけ…

馬も犠牲者

戦場で酷使されたのは、人間だけではない。馬も犠牲者だ。 『戦火の馬』(米国、スティーヴン・スピルバーグ)では、競走馬が農耕馬にされ、やがて戦場に連れて行かれて、ボロボロになるまでこき使われる。 戦場でも農地でも、人に使われる限り、馬は奴隷な…

物語の解体

都合のいい物語は、悲劇を生む。 燐光群の『ALL UNDER THE WORLD 地球は沈没した』(笹塚ファクトリー)は、物語性を廃し、コンピュータが抽出した断片的な言葉を発する。 3月11日の出来事を意識した世界で起こる言葉と動き。 壊された世界…

居場所

自分の一生の中で、今日は暇だけど何しようかなというときに、うん、あそこに遊びに行こう、あそこに遊びに行ったら、誰々と会えるんじゃないかなと、そう思える場所があるということ自体がすばらしいんです。(渡辺 京二×津田塾大学三砂ちづるゼミ『女子学…

ある日突然に

原発事故で人が去り、取り残された動物たち。傷つき、弱り、飢えて死ぬ。 なぜ、こんな目に? 彼らに、わかるのだろうか。 『のこされた動物たち 福島第一原発20キロ圏内の記録 』(飛鳥新社、太田康介)は、突然の事態に見舞われた生き物の写真集である。

作り手の心得

今日見た人間の中で俺の近年の作品と比べても、これが最高だ、群を抜いていると言う人が早くも現れる。いつも思うことだが、これが最高だと言われると、今までのはなんだったのだと思うし、これ以前のが最高だと言われると、そんなことはない、これが最高だ…

映画監督の病

結婚式での家族の葛藤劇から後半は接近する惑星への恐怖劇に一転。 『メランコリア』(デンマーク・スウェーデン・フランス・ドイツ・イタリア)は、ラース・フォン・トリアーの病的体質が投影された異色のサスペンスである。 完成度や口当たりを損ねても、…

なぜ書くか

小説家が小説を書くのは、小説を書くという行為を通じて何かを考えたいからだ。そして、できるなら人間の考えるという営みにかかわりたい。(保坂和志『魚は海の中で眠れるが鳥は空の中では眠れない』筑摩書房) 考えたいという欲求がなくなった時点で、小説…

物語の誕生

現実のつらさや苦しさを忘れるために娯楽に走るのだと言う人がいますが、エンターテインメントというのは、そんなに底の浅いものではありません。 人間は、物語がないと生きていけない動物です。……人間は、自分の死を意識してしまった厄介な動物だからです。…

人と資源

原発事故による放射能への不安などから、米国の美術館7館が、福島県立美術館にベン・シャーンの作品貸し出しを停止した。シャーンは、水爆実験で乗組員が被ばくした第五福竜丸事件を題材にするなど、核問題に関心のある画家だった。(「福島 届かない絵」『…

文学のテーマ

丹生谷 吉田健一の不思議さというか奇妙さは、近代日本の文学や批評の中心にあった「葛藤」や「不可能」あるいは「乗り越える」というテーマを、一切持っていないところにあると思うんです。(「対談 金井美恵子×丹生谷貴志 吉田健一が小説を書く時をめぐっ…

呪いの解除

呪いを解除する方法は祝福しかありません。自分の弱さや愚かさや邪悪さを含めて、自分を受け容れ、自分を抱きしめ、自分を愛すること。(内田樹『呪いの時代』新潮社) 嫉妬も妬みも、何も生み出しはしない。自身を不幸にし、相手も不幸にする。 不幸の連鎖…

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