2012-01-01から1年間の記事一覧

避難民

救援物質の衣服もデザインが気に入らなければ、着たくない。励ましの歌は、当事者でない者の独りよがりに聴こえる。当選した仮設住宅も、狭くて貧相な造りには、がっかりする……。 被災者の反応をぜいたくだと言って、喝破することはできない。災害の有無を除…

小説のリアリティ

どんなリアリズム小説の場合であろうと、言語表現は現実に何がしか抽象化の作用を程こさずには成立しえず、そのぶん「生の」現実からは遊離することになる。他方、現実からの遊離を最初から前提としたファンタジーや幻想譚の場合、何らかの堅固な具象の手触…

人が書くべきもの

公立はこだて未来大(北海道函館市)の松原仁教授らは6日、SF作家の星新一さんが得意とした「ショートショート」と呼ばれるジャンルの小説を、人工知能(AI)を搭載したコンピューターに制作させる試みを始めると発表した。 ショートショートは400字詰…

手と頭

イメージは、あらかじめ頭で考えてから描くのではなく、描きながら考えつくものだ。もっと言うなら、描くことは、それじたいが形を変えた思考なのだ。(ショーン・タン、岸本佐知子・訳『鳥の王さま』河出書房新社) 手を動かさなければ、頭も動かない。

あなた

遺骨を郷里の海へまいてほしい。 亡き妻の手紙をもとに、車で旅する男。 富山から長崎まで。道中で知り合う人間にも、それぞれ事情がある。 目新しさはないが、好感の持てる『あなたへ』(日本、降旗康男)。 構成も脇役も、主役を引き立てている。 あなたと…

実作の出発点

そもそも僕は、自分が読みたいと思う漫画を、ほかの誰も書いてくれないから、じゃあ自分で描こう、と思ってやってきました。そして、あまりほかの人が描いたことのないジャンルに挑戦してきました。(藤子 不二雄A『78歳いまだまんが道を』中央公論新社) …

籠の中

豪邸に住む一家は、暴君的な父以外、塀の外に出ることはなかった。 家のなかでは、特異なしきたりに基づいて、妻や息子、娘たちが、暮らしていた。 外の世界に出るのは危険だ。 父の教えによって守られた世界は、よその女が家に来たときに一変する。 『籠の…

譲らないもの

山下 現場の代表としてどうしても気になったというか言っておきたかったのが、ネットで読める西村さんの日記にあった映画版に対する批判的な言葉についてですが、投書プレスなどでは好意的だった誉め言葉や態度をガラッと一変させたのは不可解で、東映サイド…

人間関係

バレー部のキャプテン。成績も優秀な桐島。突然の退部で、ガールフレンドも連絡が取れない。 彼がいないことで、校内の人間関係が微妙に崩れていく。 『桐島、部活やめるってよ』(日本、吉田大八)は、 不在の人間が及ぼすきしみを、演劇的な構成によって、…

だれかに見守られて

亡き母の霊を意識しつつも、少女の前に母が姿を現すことはない。 『聴こえてる、ふりをしただけ 』(日本、今泉かおり)は、ホラーのようでホラーではない。 11歳の少女が、心に変調を来す父や、他人のペースを乱す転校生、神経質な友人に悩みながら、自分の…

芸術と先入観

伝え聞くわずかなイメージだけで、とらえられるほど、アラブは単一ではない。 『アラブ・エクスプレス展』(森美術館)では、ステレオタイプなイメージを意識しつつ、イメージを逆手にとった多彩な作品が、展示されている。 戦争を語るまいとして、戦争に触…

7日間の物語

『セブン・デイズ・イン・ハバナ』(フランス・スペイン、ベニチオ・デル・トロ、パブロ・トラペロ、フリオ・メデム、エリア・スレイマン、ギャスパー・ノエ、フアン・カルロス・タビオ、ローラン・カンテ)は、国籍雑多、7人の監督によって語られるアンソロ…

バットマンの背後

足を引きづり、マスクをはがされるブルース・ウェインこと、バットマン。キャット・ウーマンには指紋を取られ、警察には追われ……。 『ダークナイト ライジング』(米国、クリストファー・ノーラン)では、それでも再起して、強靭なマスク男と対決する。 悪の…

成育

少子化の現在、子どもという獣のような生き物の育て方を、若い親たちが実際に見る機会も、減っている。本を読むだけでわかるわけでもない。 若くして二人の子を産み育てることになった花も、ひどく苦労した。オオカミの血を引く子どもは、人間の子と性質が違…

不穏なもの

長崎の離島で暮らす姉弟。弟が妻を迎えて数日後、姉の昔の恋人が帰郷し、復縁を迫る。高校教師を務める弟の教え子も、痴呆症の義父をかかえる妹夫婦も、秘めたものをかかえており、平穏に見える世界に波が立ち始める。 日常と幻想。記憶のずれ。 Pカンパニー…

りりこの世界

全身整形によって完璧な美をものにしたトップモデル、りりこ。崇めたてるメディアやファンだけでなく、彼女自身が、イメージの虚構性ともろさを知っている。 今日でも古びない岡崎京子のコミックを映像化した『ヘルタースケルター』(日本、蜷川実花)。派手…

書くことの本質

数十年にわたり賢愚とりまぜ腐るほどさまざまな文章を読み、また自分も大量の文章を書いた結果、僕は「書く」ということの本質は「読み手に対する敬意」に帰着するという結論に達しました。それは実戦的に言うと、「情理を尽くして語る」と言うことになりま…

一味違う青春

働くこともなく、火炎放射器や改造車づくりに精を出す二人の男。バイオレンス映画にあこがれ、女の裏切りに立腹しながらも、大した行動ができるわけでもない。女性関係のもつれから破滅していく。 『ベルフラワー』(米国、エヴァン・グローデル)は青春映画…

人間の居場所

椅子も家具もスピーカーも赤色。舞台中央の円部が、役者を載せたまま、始終回転する。 ハロルド・ピーター作の『温室』(深津篤史・演出、新国立劇場)は、強制収容所のような療養所で、女性患者の妊娠が発覚。犯人に仕立て上げられた職員が拷問に合う。 強…

手法の選択

若手を中心に研究合戦のスピードは止まらない。新手が出ては消え、戦法は日々変化する。「全部には対応できないので、ある種の適当さが要になる」。カギは取捨選択だ。「その戦術に将来性があるのか、自分のスタイルに合うのか、長期的な視点で考えるよう心…

記憶としての本

大人の本も子どもの本も本質は変わらないと思います。トルストイは「すぐれた芸術の3条件」として「新鮮」「誠実」「明快」を上げています。何度読んでも新しい発見がある。心に残って成長の糧になる。そして相手にわかりやすく伝わる。これは音楽にも美術に…

小説の誕生

「文学は人の心に入りながら、書物という形で距離を置く。書くことや読むことで、そのことに距離を置くことができ、さらに、ことの内部に入っていくことができ、また、距離が置ける。理性と心をわけるのではなく……というように、言いたいことをしゃべってい…

プロの世界

パリを代表するナイトクラブのヌード・ダンスといった題材だけで、映画が完成するわけではない。 新作のショーにもスポットを当てつつ、演出家から裏方まで、プロフェッショナルの緊密な仕事ぶりが、一貫してカメラに収められているからこそ、ナレーション抜…

錯覚

木か、金属か。素材は視覚で判断される。 写真の場合、被写体や撮影法をいじくれば、ごまかしが可能だ。 バスルーム、大統領室、原子力制御室……。すべて紙製である。 観客を心地よくだますのが、『トーマス・デマンド展』(東京都現代美術館)の写真だ。 目…

メタファーのアンテナ

まず自分の人生があって、自分に取り込んだメタファーが加わって、栄養たっぷりのミックスが頭の中にできあがる。そういうことをしなかったら、頭の中に何がある? もともとの経験しかないじゃないか。それじゃ足りない。実体験を待ってなんていられないさ。…

世界の終り

『エンド・オブ・ザ・ワールド』(岡崎京子、祥伝社)の表題作は、犯罪カップルの逃避行。 日本人旅行者を殺し、財布とパスポートを奪ったカップルが、ホテルで祝杯を挙げる。 「やったぜソニー!! トヨタさんありがとう!!」 「ホンダさんにも感謝!!」 作品の…

無器用な青年

北朝鮮から韓国に脱北してきた青年。ひどく無器用で、仕事も人付き合いも、ことごとく裏目に出る。 『ムサン日記〜白い犬』(韓国)の青年は、監督パク・ジョンボムが自ら演じている。 ドキュメンタリーのごとく、リアルだ。

前提と内奥

無意識のうちに前提としているものが除かれてしまった時、何が起こるのか。人間の内奥には何が眠っているのか。両者が追求し続けるテーマだろう。(池田雄一「をめぐる交錯 テクノロジーと想像力の狭間に揺れた村上龍と村上春樹」『週刊金曜日』8日号) むろ…

貪欲な凡人

多数の人間を斬り殺した男ならば、もはや平常心ではいられない。自分の身を守るためには、姑息な手段さえ、厭わなくなる。 五反田団の『宮本武蔵』(三鷹市芸術文化センター)は、武蔵を超越した人間として描くのではない。軟弱で卑怯。生きることには貪欲。…

被写体の広がり

写真と映像で構成された『川内倫子展 照度 あめつち 影を見る』(東京都写真美術館)。 被写体は、私的な日常ではない。 山の野焼き・祈る人々・夜空の光……。 地上の出来事へと対象を広げながら、物語を喚起させる柔らかさは失われていない。

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