2022-01-01から1年間の記事一覧

殺人犯の実態

『死刑にいたる病』(日本、白石和彌)で阿部サダヲが演じる死刑囚は、少年少女に優しいパン屋で、仕事ぶりも、きわめて几帳面だ。それだけに捕まえた少年少女を監禁し、殺害するまでの冷酷さが際立つ。殺人犯は、ニュースで報道されるようなわかりやすい人…

民族格差

『マイスモールランド』(日本・フランス、川和田恵真)のクルド人一家は、いつまで経っても難民資格を得られない。仕事も越境も制限され、これから先、難民として認定されるかどうかもわからない。異国に居住するのは、各国のニュースで大きくとらえられ、…

文学展の楽しみ

青年期まで接した英語ではなく、日本語での執筆。総理大臣だった父とのかかわり。三島由紀夫ら文士との付き合い……。『生誕110 年 吉田健一展 文學(ぶんがく)の樂(たのし)み』(神奈川近代文学館)は、工夫された構成で、酒や旅を愛した文人の痕跡を伝え…

健全な笑劇

別れたカップルと彼女たちの知人だけで構成される男女の交錯。いかにも小劇場的に完結した人間関係が俯瞰され、演劇のテキストのように事例が披露されるのだが、会話や場面展開の軽妙さによって、退屈さは一切ない。洗練された愛笑劇とでも言うべき五反田団…

言葉の衝突

語りの名手とも言うべき伊藤比呂美と町田康。『ふたつの波紋』(文藝春秋)で記録された両者の対話には、妥協もなければ、なれ合いもない。かみ合っていないからこそ、言葉の生々しさ、感覚のみずみずしさが、消えずに済んでいる。

兄弟の実験

商業性を無視できない音楽業界で、絶えざる実験性を続けながら、長年現役で活動するロン&ラッセル・メイル兄弟。『スパークス・ブラザーズ』(英国・米国、エドガー・ライト)は、幾多の音楽の源流とも言えるバンドの軌跡と魅力をたどる。

高齢の愛

認知症の母を介護するのは、90代の父。脳梗塞で入院した母に面会するため、毎日、病院を訪れる……。『ぼけますから、よろしくお願いします。 おかえり お母さん』(日本、信友直子)は、娘が撮った愛の記録だ。

再び奈落へ

猥雑さと豪華さの入り混じった世界。『ナイトメア・アリー』(米国、ギレルモ・デル・トロ)では、野心あふれる興行師が悪徳学者と組むが、曲者の大金持ちをだまそうとたくらんだのが運の尽きだった。栄光に酔いしれた彼は一転、見世物として、檻に閉じ込め…

どこまでも不運

彼は、拾った金を正直に返しただけだ。それが大変な善行だと、慈善団体やメディアに取り上げられたものの、債権者との和解交渉や、就職の成否といった現実を解決するわけではない。 『英雄の証明』(イラン・フランス、アスガー・ファルハディー)の服役囚は…

なぜ彼は?

タスマニア島の観光地で起きた青年の銃乱射事件。『ニトラム NITRAM』(オーストラリア、ジャスティン・カーゼル)は、奇異な犯人に免罪符を与えるわけではない。それでも彼を眺めるうちに、人からばかにされた彼の行動原理が理解できるようになる。不器用な…

猫の思惑

離婚間近の男女には、それぞれ愛人がいて、お互いの関係がこんがらがる。『猫は逃げた』(日本、今泉力哉)は、いかにも小品めいた設定だが、会話と場面転換が軽妙で、クライマックスで激突しても、どうにかこうにか、収まる。飼い猫は、彼らの間を行き来す…

終末期の過ごし方

戦争もなければ、貧窮があるわけでもない。『S高原から』(青年団)では、働かずとも療養所で優雅に暮らせ、一風変わった癖のある人間たちの日常が演じられる。下界から離れ、労働や結婚、家族との関係を断ち切り、気ままに生きているかに見えて、当人以外の…

軽さの魅力

30代独身者のたわいない日常、厄介な異性との三角関係、仕事での大失敗というだれにも思いあたる話題をちりばめつつ、日記やアイテムの使い方もこなれている。主演のコケティッシュな魅力に加え、どの場面も、奇異をてらわないのに、しゃれていて、退屈させ…

彼らは負けない

続編『SING シング ネクストステージ』(米国、ガース・ジェニングス)では、ローカル劇場で成功したミュージシャンたちが、大劇場でのミュージカルに挑む。彼らを馬鹿にした冷酷な経営者を見返す奮闘ぶりが、観る者を元気づける。

可視化されたもの

ただ発想を転換したり、表現技術に固執するだけのアート集団とは違う。『Chim↑Pom展:ハッピースプリング』(森美術館)で一望できるのは、17年にわたる社会派プロジェクトの軌跡だ。都市であれ、震災であれ、原爆であれ、可視化されたものは、美術館内だけ…

神聖な戦い

徹底的に陰鬱であることで、『THE BATMAN ザ・バットマン』(米国、マット・リーブス)のサスペンスは、重みを感じさせる。尊敬していた親の秘密、都市の守護者である警察や市長の汚職……。それでもバットマンこと、ブルース・ウェインは、悪を見極め、身も心…

散った愛

不慮の事故で夫を失った未亡人と、彼女を愛し続ける男。互いに意識しながらも一線を越えなかった二人が、被害者の妹の法廷での証言によって救われ、晴れて結ばれる。『風と共に散る』(米国、ダグラス・サーク)は、ハリウッド映画の枠組みを踏襲するが、愛…

ゲテモノの本質

東京では3月まで開催された『楳図かずお大美術展』(東京シティビュー)。子ども目線での恐怖や世界観は、今日でも、みずみずしさを失ってはいない。ゲテモノ的な線画や派手な色彩から、事物の本質が見える。

少年の体験

北アイルランドの小さな町。町中の人々が顔見知りで、教会通いはもちろん、映画や音楽にも親しむ。貧しくても、異なる宗教の人々が、助け合って生きている。 『ベルファスト』(英国)の9歳の少年には、ケネス・ブラナー監督の体験が投影されている。仲の良…

演出の情熱

倦怠気味のカップルが間近の結婚を伝えた途端、知人たちとの愛憎が勃発。破断寸前の関係に。 『PASSION』(日本、濱口竜介)の対話は、ほとんどの場面が一対一か、せいぜい一対二だ。お互いが濃縮された本音をぶつけあい、話をそらすことも、ごまかすことも…

焼け跡から

家が焼けた。フィルムも失った。監督の原將人が大やけどを負い、妻のまおりがスマホで日々を写す。 優しい息子と、無邪気な娘たち。撮ることと、撮られることで、現実の悲惨さが遠のき、希望の記録に変わる。 何があっても、どうにか生きている。『焼け跡ク…

ゲリラ的アート

匿名でありながら、世界中で金銭的にも評価されている。計算された風刺とも言えるし、高度なアートとも言えるが、単なる落書きであり、無意味なお遊びと言えなくもない。『バンクシー展 天才か反逆者か』(WITH HARAJUKUほか)は、世界各国で展示される作品…

ロシア側の論理

単に平和や制裁を唱えるだけでは、真の行動原理は見えず、現実的な解決からも遠ざかるだけだ。西側の報道・論調から漏れているロシア側の論理とは何か。2015年から2017年にかけて、オリバー・ストーンが行なったインタビュー集(土方奈美:訳『オリバー・ス…

無数の殺意

村紗耶香『平凡な殺意』(『新潮』2月号)は、小説でなく、エッセイだ。旧タイプのしごき型編集者に暴言を浴び、無理に理解しようとして、自殺衝動にかられ、ついには他殺の妄想をする。編集者との再会時に本意を伝えた筆者は、殺人を決行してはいないが、殺…

生きのびるために

子どもの時の失敗よりも、大人の時の失敗の方がより深刻に思えるが、雨宮処凛『生きのびるための「失敗」入門』(河出書房新社)で紹介される大人たちは、タイプもやることもまちまちだが、自分なりの居場所とか、生き方を続けて、何とかやっている。考えて…

被災者の対話

津波災害から半年後、ドキュメンタリー『なみのおと』(日本、濱口竜介・酒井耕)は、被災地の人々の対話をカメラが見つめる。監督やカメラの存在を意識させ、語る者や観る者に、被災のこわさと、人や地域の変化を感じさせた。 被災者は親族など信頼できる相…

対決の実態

『ワイルド・アパッチ』(米国、ロバート・アルドリッチ)は、騎兵隊が善で、対決するアパッチ族が悪という図式の活劇ではない。憎悪心が沸けば、白人にも同様の残虐性が生まれること、敵味方のどちらの側につくかによって、民族特有の倫理観が現れることに…

今が今であるために

いじりようのない名作をあえてリメイクし、役柄の民族にあったキャストをあて、新作の解釈で伴奏する。1961年以来、60年の時を経て制作された『ウエスト・サイド・ストーリー』(米国、スティーブン・スピルバーグ)には、現代の多様性を見据えた並々ならぬ…

名付けようのない

踊りの場は舞台だけではない。道端で。水の上で。夢の島で。『名付けようのない踊り』(日本、犬童一心)には、指先から頭のてっぺんまで、全身を使って、天地から伝わる声を高速度で聞き分けながら、世界各国で踊り続ける田中泯をカメラが撮り続ける。

シェフの腕前

架空の町にある新聞社で、記者たちが回想するエピソード集。『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(米国、ウェス・アンダーソン)が披露するのは、アートであれ、ファッションであれ、料理であれ、どれも荒唐無稽だ。色…

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