小説と犯罪


 世間ふつうの判断で弁護の余地のない犯罪ほど、小説家の想像力を刺戟し、抵抗を与え、形成の意慾をそそるものはない。なぜならその時、彼は、世間の判断に凭りかかる余地のない自分の孤立に自負を感じ、正に悔悟しない犯罪の自負に近づくことによって、未聞の価値基準を発見できるかもしれない瀬戸際にいるからである。小説本来の倫理的性格とは、そのような危機にあらわれるものである。
             (三島由紀夫『小説読本』中央公論新社

 小説が世間の価値観に抵抗を示さなくなったときには、迫力も自ずと消え失せるだろう。
 小説と犯罪は、双生児なのである。
 

 
 

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