騎士の物語

『最後の決闘裁判』(米国、リドリー・スコット)が騎士同士の確執を描くだけなら、中世の標準的な物語に終わったろう。後半、騎士の妻が夫の友人に強姦されたと告白することで、たちまち現代性を帯びた展開となる。

  裁判を占うのは、証拠調べではなく、原告と被告の決闘だ。夫と友人が一騎打ちをし、夫が負ければ、妻も火あぶりとなる。恥を忍んで証言したところで、被告が偽証と主張すれば、何の効果もない。妻は、自分を信じぬ夫のメンツ争いに利用されたばかりか、胎内の子どもさえ、失いそうになる。

   真実を明かせず、男社会の支配に服した女。彼女の視点があれば、騎士の英雄譚は、別の物語になる。

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任務の幻

      兵士ではなく、スパイ。任務のために農民でさえ、殺し、食料を奪い、戦後になっても、潜伏し、生き残った上官の指示なくしては、帰還しなかった男。『ONODA 一万夜を越えて』(フランス・ドイツ・ベルギー・イタリア・日本、アルチュール・アラリ)は、功罪を抜きにして、小野田寛郎・旧陸軍少尉の離島生活を訓練兵時代から追う。兵士や市民と違い、時代を経ても変わることが許されなかった男の孤独感。彼が従った指令の正当性も、米軍抗戦の実現性も、幻にすぎなかったが、信じたという姿は、この映画によって、永久に刻印されたのである。

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走るだけの彼に

      自分では、どうしようもない弱さもある。『草の響き』(日本、斎藤久志)の主人公は、妻を連れて、東京から函館に戻る。病院に通い、心の治療をするが、いっこうに治癒しない。日課は、ひたすら走ることだ。友人に見守られ、ときには、泣く。父に、だらしなさを叱咤されても、どうにもならない。子どもを身ごもった妻からは、慣れない土地が合わないと、告げられる。

      主人公は、変われない。症状が改善されたかに見えても、心身は望んでいない。病院の囲いを越えて、走り出す。自分が自分のままでいることだけが、救いだ。

      ただ走るだけの彼に、草原が寄り添う。

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腐敗の対抗馬

 ライブハウスの火災事故で病院に担ぎ込まれた若者たちが次々に亡くなったのは、火傷によるものではなく、病院の設備や消毒薬の不備が原因だった。『コレクティブ 国家の嘘』(ルーマニアルクセンブルク・ドイツ、アレクサンダー・ナナウ)は、ルーマニアの製薬会社や政府も絡む汚職に、スポーツ紙の記者や、新任の厚生大臣が挑むドキュメントだ。

 どれだけ事実を明るみにしようと、利権者に食い込んだ体制は揺るぐどころか、ますます強化されるが、報道後の選挙の思わぬ結果は、無力感を与えるものではない。根の深い腐敗があるほど、志のあるジャーナリストや政治家が対抗馬として現れ、歯止めをかけようとするという逆説は、他国民も元気づけるだろう。

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彼らの救い

 万引きして逃走した少女が、スーパーの店長が追いかけられたため、車に轢かれて死んでしまう。『空白』(日本、吉田恵輔)の登場人物は、遺された父親を含め、それぞれ事情をかかえている。被害者も加害者も親族も、相手の内面が見えないことで、おびえたり、いきどおったり、距離を置こうとする。メディアの表面的な報道では見えない葛藤だ。人間関係の厄介さは、だれにもついてまわるが、そんな彼らでも、認めたり、寄り添う人がいるのが、救いだ。

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伝説のライブ

 交通が不便、会場の居心地も決して快適とは思えない野外に、二日間で25人を動員させたライブ。『オアシス ネブワース1996』(英国、ジェイク・スコット)は、25年経ってもなお、強烈な記憶を人々の心に刻み込んだ伝説の熱気を、当時人気絶頂だったバントの演奏はもちろん、堪能した観客の証言や、ライブ前後の映像を交えて、スクリーンによみがえらせる。

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疫病神

 開拓使時代の女性ガンマンだが、男性的な武力を優先させるわけでもなければ、しとやか女性像に従うわけではない。ヒロインが疫病神と言う呼称を肯定的に引き受ける『カラミティ』(フランス・デンマーク、レミ・シャイエ)は、従来のカラミティ・ジェーン像をより現代に近づける絵物語だ。

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