司法の独立

 確証がないにもかかわらず、同時多発テロ関与の汚名を着せられ、グアンタナモ収容所に収監された青年。連日拷問を受け、裁判すら受けられないまま、ひどい待遇で長期間拘留される。裁判所から釈放命令が出ても、米政府はなおも、拘留を続け、解放まで14年かかった。

モーリタニアン 黒塗りの記録』(英国、ケビン・マクドナルド)は、その顛末を、被告側と軍側双方の弁護士の視点から、明るみにする。名目を重視するあまり、非人道的な行為を停止できなかった米政府は、糾弾されるべきものだが、一方で司法の独立性が、ぎりぎりのところで維持されているバランス感覚に、米国民主主義の底力が見える。

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優しい目

 子どもは、生活環境を選べないが、動ける範囲の中で、楽しむ術を持っている。『スウィート・シング』(米国、アレクサンダー・ロックウェル)の姉弟は、父がアル中で入院し、頼った母も、暴力的な男と暮らしていて、結局、家を出て、放浪することに。いたずら好きの少年を伴う3人の小さな冒険が、優しい目で映されている。

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贋作の哀しみ

 種田山頭火の直筆日記に贋作が混ぜられたことが発覚。出版社が全集の該当箇所を削除した。『週刊金曜日』5日号掲載の記事(粟野仁雄氏)で、研究者の証明や俳句仲間の改ざんが報告されている。

 捏造者は、山頭火を利用し、自身の評価を高めようとしただけなのか。贋作には、名声を得られなかった者の、埋もれた哀しみがある。

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描く喜び

 専門的な教育を受けたわけでもない。若き日から才能を発揮したわけでもない。50代になり、独学で油絵を初め、家族の死や自身の認知症をものともせず、描き続けた画家の厖大な作品が、『塔本シスコ展 シスコ・パラダイス』(世田谷美術館)で披露された。

 技術とか、洗練さとかを越え、ただ描くことで生まれる喜び。どの絵にも、実感が詰まっている。

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作家の信頼

 自伝的小説が曲解され、批評文が全国紙に掲載されたことで、地方在住の家族が被害を受けかねない事態に陥る。作家は、SNSや媒体の新聞社を通じて、批評家と対話するが、論点はかみ合わない。文壇や読者には理解者もいるが、一方で文学界の閉鎖性や読解の基本欠如から来る重い壁にも悩まされる。

 桜庭一樹『キメラ―『少女を埋める』のそれから』(『文學界』11月号)は、小説『少女を埋める』の掲載後に起きた出来事の顛末が、男性と女性、中央と地方、旧文学と新文学といった多角的な視点で、時系列的に綴られる。あえて公開されたのは、作家としての覚悟によるものだろう。事実的な記述だけに終わらせず、批評家の一文にあった少女時代の孤独や境遇にも目を配っている。

……実はここにも埋められた少女が一人おり、……そういったファミリーヒストリーもまた、文芸時評がこのような騒動となった原因の一つだったかもしれないと、つまり、執筆者の抱えるトラウマが、ある思いこみに繋がり、無意識の領域に認知のゆがみを作ったのではないか、とも推測する。

すると痛みを感じる。

 でも、実際のことは何もわからない。すべてはわたしの想像だ。現実のことではなく、わたしの中でキメラになりつつある、想像上のC氏の姿に過ぎない……。

 想像の領域侵害を避け、一定ラインで、筆を止めつつも、ここには、逡巡があり、作家として、信頼すべき思考がある。

 

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思考停止の前に

 毒性が弱い半面、蔓延時期の長期化するコロナへの対策に、自粛要請や緊急事態宣言が必要なのか。欧米よりも免疫力のある日本の風土で、治験実績の乏しいワクチンを普及すべきなのか。

 インフルエンザなどとの比較検証から、昨今の方策に一貫して疑義を唱えた小林よしのり。『コロナとワクチンの全貌』(小学館新書)で対談した井上正康が、何度かのコロナ感染で免疫が強化された日本人の実状を医学的に立証している。

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彼女たちの小宇宙

 定番ラブコメの三角関係ではない。いわゆる同性愛物とも違う。親や教師の抑圧もあるが、彼女たちの世界を決定的に圧殺するほどではない。『ひらいて』(日本、首藤凜)は、は高校を舞台に、美少女だが、つかみどころのないヒロインと、病弱な親友、陰のある男との関係が、小宇宙的に伸び縮みする。既成の枠にとらわれないことで、それぞれが自分らしさを実感するという解放感がある。

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