愛の鞭

mukuku2007-10-20

 日本では輝ける知的エリート集団として伝説的に語り伝えられている旧制の第一高等学校の寮の伝統に〈鉄拳制裁〉なるものがあったそうで、学校の名誉を汚した者の頭を殴ることが〈愛の鞭〉であると知的エリートも思い、民衆もこれに毒されていた。(佐藤忠男『草の根の軍国主義平凡社

 鉄拳制裁の肯定に類似する思想は、現在でも生きながらえている。相撲界の暴力事件は、たまたまそれが殺人事件として表面化したから批判を浴びているだけである。しごきそのものは、必要悪として今後も許容されるだろう。
「愛」を旗印に掲げれば、肉体の暴力も言葉の暴力も、もっともらしく行使できる。戦後になってもなお、そんな風潮が残っているのだ。
 そもそも、「愛」とは、憎しみを伴うものである。神のごとく、絶対的に肯定すべきものではない。
「愛」の不条理が見えなくなったときこそ、人は破滅に近づく。「愛の鞭」を真っ先に振るうべき相手とは、鞭を持つ者自身ではあるまいか。 

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