リピーター

mukuku2007-10-14

 店にはたくさんの客がやってくる。その十人に一人が「なかなかよい店だな。気に入った。また来よう」と思ってくれればそれでいい。十人のうちの一人がリピーターになってくれれば、経営は成り立っていく。……しかしその「一人」には確実に、とことん気に入ってもらう必要がある。そしてそのためには経営者は、明確な姿勢と哲学のようなものを旗じるしとして掲げ、それを辛抱強く、風雨に耐えて維持していかなくてはならない。それが店の経営から身をもって学んだことだった。

 これは、ビジネス書の言葉ではない。村上春樹がジャズ・クラブ経営の経験から語ったこと(『走ることについて語るときに僕の語ること』文藝春秋)だ。
 十人のうちの一人に気に入られるために最善を尽くすというのは、彼の作家としての信条でもある。

 何よりも嬉しかったのは、僕の作品には熱心な読者が多いことだった。つまり「十人に一人」のリピーターが着実についていったわけだ。……トップ・ランナーになる必要はない。自分の書きたいものを書きたいように書いて、それで人並みの生活を送ることができれば、僕としては何の不足もなかった。

 十人全員の支持を得ようと欲張る作家の作品ほど、凡庸で寿命が短いものだ。作家の誠意とは、マイノリティーを軽視しないことなのである。

アクセスカウンター