裁きの論議から漏れたもの

 一人の人間が特定の場に出向いて起こす無差別の殺人は、秋葉原以外でも、周期的に発生している。この種の事件を道徳論や精神論で裁いたところで、何ももたらされない。中島岳志秋葉原事件 加藤智大の軌跡』朝日新聞出版では、友人もおり、仕事の適応力も決してないわけではなかった加害者が、どのような経緯で犯行に至ったかを、丹念な調査によって、たどっている。

 事件は直線的に生じたわけではない。加害者の心情は何度も揺れたと思われ、結果に至るまでの紆余曲折も、家庭や時代の影響が密接にかかわりながらも、それだけではない要素が複合的に絡んでいる。裁判や報道では、当事者の実態とはかけ離れた論調ばかりが交わされるが、そこから漏れたものが、どこにあるのか。それをどこで表現するのか。いたずらな道徳観によって、場所と方法を狭めることは、避けなければならない。

                     

 

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