意識

mukuku2008-02-10

 古井由吉の短編『潮の変わり目』(講談社『白暗淵』収録)では、男が罹災者時代の記憶をたぐりよせる。
 子どもの頃だ。洗い場でバケツに水が溜まるのを待っていた。

 あの人たちも自分も、皆もうじきに死んでしまうのだった、と子供は目をひらいた。……どうせそのうちにまた戦争が起こって今度こそ皆殺しになる。そうでなくても、食糧事情がどこまで逼迫するか、見通しは日々に暗い。……たしかに、眉を開いた。空腹と疲労の、惰性の唾気が落ちた。手を伸ばす途中で尽きかけた力が改まって全身へ通った。バケツを提げて歩き出した足はもう徒労感に苦しんでいなかった。まるで蘇生だった。

 戦争体験世代に比べて、現代人は食料や戦争に対する逼迫感が薄いかもしれない。その分、生命力も弱くなる。
 しかし、余裕を持てること自体は、負の要素ではない。欠陥があるとしたら、余力があるにもかかわらず、世界の亀裂に対して目を開けないことにある。それは意識の問題であろう。

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