人生の花

 坂本長利の一人芝居の原作でも知られる『土佐源氏』は、宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)に収録されている。馬喰だった盲目の老人が語るのは、外れ者だった生い立ち故の数奇な生涯だが、魅力は極道者を自認する彼というよりも、かかわりのあった女たちであろう。男たちに比べて、自由に制約のある日常の中で見せる気遣い。身分の差にとらわれず人間を受け止める心のありようが、恵まれたとは言い難い老人の枯れた人生に、花を添えるのである。

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戦争はまだ・・・

 終戦ドラマ『しかたなかったと言うてはいかんのです』(NHK)は、捕虜に対する人体実験という実話は元に、死刑囚や家族たちの葛藤を綴る。大学教授の指示によって、手術の立ち合いを強要された鳥居は、首謀者でもなければ、意思決定者でもない。求刑後の嘆願書提出は決してやましいものではないが、現場で何の抵抗もできなかったこと自体が罪ではないかと、苦悩する過程に、ドラマ性と現代性がある。戦争だから仕方ないとか、現場の空気からすればなすすべもないという詭弁が、何の逡巡もなく、まかりとおるとしたら、戦争はまだ続いていると言えるのである。

 

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なぜ彼女は?

 変わり者にしか見えなかった女の秘めた意外な計画。『プログラミング・ヤング・ウーマン』(米国、エメラルド・フェネル)のキャシーが執念をかけて晴らすのは、友人の仇であり、虐げられた女の怨念である。恨みは、男社会の共犯者とも言える同性にさえ向けられる。妥協はない。意外なストーリーだけにとどまらぬ支えがある。

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彼女たちの結束

『17歳の瞳に映る世界』(米国、エリザ・ヒットマン)は、望まぬ妊娠をした女子高生が、親の同意なしに中絶が可能な他州へバスで向かう。付き添うのは唯一の友とも言える従兄弟。シンプルな設定に、女性問題、法規制など、様々な問題が取り上げられる一方、かたくな女と天使のような女という二人の結びつきが、無神経な男たちと対比されて、魅力的に浮かび上がる。

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本来の政治家

「日本のデモクラシーも安倍政権以後「ジャクソニアン」化しつつあるというのが私の診たてである。日本の有権者たちはある時期から統治者に高い能力や見識や倫理的インテグリティーを求めることをやめた。……それよりはむしろわかりやすい人気取り政策を行ない、味方と身内を重用し、「政治的に正しい理想」は鼻先でせせら笑うような「等身大の政治家」を好むようになった」(内田樹『後手に回る「リアリスト」』-『週刊金曜日』6日・13日合併号)

 

 政治の役割を否定したり、関心を拒む者も、政策と無縁ではいられない。本来の政治家に必要とされる大局観や責任感は、経済・文化・スポーツの分野の人々に学ぶどころか、はるかに上回るべきものだろう。

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生きること

本の雑誌』8月号の特集『途中経過! コロナと出版』では、書店・取次・印刷会社・図書館・倉庫から編集者・ライター・校正者・装丁家などが、影響度を報告している。もっとも、写真家の奥山淳志は、「コロナ禍のようなもので人生観を変えなくていけないほど゛生きること゛に無頓着に過ごしては来なかった」と明言している。

そんなことより今の僕が大切にしているのは犬と猫の餌やりだ。時間があれば毎日、人間に裏切られた犬と猫に食べ物を持っていく。そして、人間世界の雑音の届かぬ世界で彼らの魂を覗き込む。僕はそれを心に写し取り、言葉に置き換えていく。(同誌)

 

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無意識

……学生たちに教えたのが、長く書き、いらない部分を削れということ。書いて、削って、を繰り返せと。なぜそれをするかというと、無意識をどこかから引きずってくるためなんです。……無意識だまりというのは、地下水脈みたいに地球の下のほうにある。つまり人間が何百万、何千万といたら、その人たちのところにもつながっている。(「インタビュー 伊藤比呂美」『ダヴィンチ』8月号)

  普遍性は無意識にある。

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